20歳の頃、私はバックパック一つでモロッコを旅していた。異国情緒あふれる街並み、砂漠の風、古の文化――全てが私を魅了してやまなかった。しかし、その裏には数々の試練が待ち受けていた。慣れない北アフリカでの旅で、財布をすられ、大麻を押し売られ、市場で高額な価格をふっかけられる――そんな出来事が続き、私は次第に心を閉ざしていった。そんな中、迷宮都市フェズで過ごした日々は、今でも鮮明に私の夢に出てくる。フェズでの旅の写真は、スマートフォンの故障によりほとんど全て消失してしまったが、時折その光景が夢の中でフラッシュバックする。本記事では、そんなフェズでの体験を、一つの雑記として綴っていきたい。
迷宮都市、フェズにて
モロッコのいくつかの都市を巡りながら、私はフェズにたどり着いた。フェズは迷宮都市とも呼ばれ、そのメディナ(旧市街)は迷路のように入り組んでいる。そんなフェズでは到着日早々道に迷ってしまい、どこをどう歩いても宿にたどり着けない。疲労と苛立ちが募る中、一人の青年が声をかけてきた。「この町の道は詳しいから、案内してあげるよ」と。彼の言葉にすがりつく思いでついて行くと、無事に宿に戻ることができた。しかし、その直後に「助けてあげたから、○○ディナールちょうだい?」と金をせびられた。彼の案内には感謝の気持ちで一杯だったが、金目当てでの親切だったのかと思うと非常に残念に感じた。このような出来事が重なり、私はますます人間に対する信頼を失っていった。
お爺さんの営むゲストハウス
フェズではメディナ内の安宿に宿泊した。宿と言っても、物価の関係で比較的しっかりとした作りのゲストハウスだった。そこで出会ったのが、一人でその宿を営んでいる80歳を越えたお爺さんだった。彼はフェズでは珍しく英語が少し話せ、その上、優しさが滲み出るような人だった。すっかり人間不信になっていた私は、そのお爺さんのもとで初めて心が休まる思いを得られたのだった。
夜の迷宮路地での出来事
ある夜、私はメディナの薄暗い路地を散歩していた。ひんやりとした風が肌を撫でる中、急に背後から声をかけられた。「お前、何しにこの町に来たんだ?」振り返ると、青年が私を睨んでいた。「観光をしに来たんだ」と答えたが、彼は納得しない。「嘘だ。なら、なんでそんな楽しくなさそうな顔で歩いているんだ?」
私は疲れ果て、険しい表情をしていたのだろう。「これまでこの国でいろんな人に騙されてきたから、警戒心を持って歩いているだけだ」と説明したが、彼には通じなかった。彼は、血走った目をぎらつかせ、憎悪に満ちた表情で「そんな険しい顔をしている奴は悪い奴に違いない。お前は犯罪をしに来たんだろう」と声を荒げた。
私はこのままでは危険だと思い、足早に去ろうとした。しかし、青年は私の横にぴったりとついてきて、執拗に罵倒を続けた。本気で私を犯罪者だと思っているようだった。それとも、モロッコでの旅を楽しんでいなさそうだった私の様子が、彼の逆鱗に触れたのかもしれない。青年の語気も段々と激しくなり「仲間にも言いふらしてやる」「この国から出て行け」などと繰り返してきた。いつ彼が手を出してくるのか、ヒヤヒヤしながらも夜のフェズを歩くこと数分、滞在先のゲストハウスに差し掛かった時、私は急いでゲストハウスに飛び込んだ。ドアを閉めると、安堵の息が漏れた。
その様子を見たお爺さんが心配そうに近づいてきた。「どうしたんだ?」と声をかけてくれた。私は事情を説明し、青年に犯罪者扱いされて追いかけられていることを伝えた。お爺さんは優しく微笑んで「大丈夫、大丈夫。私が守ってあげるから、安心して部屋に入っていなさい。」と言ってくれた。その言葉に心から安心し、私はそのまま部屋で眠りについた。
その後、青年はその夜のうちにお爺さんによって追い払われたようで、結局滞在中危害を被ることはなかった。青年によって私が犯罪者に仕立て上げられ、フェズの町中から追われるのではないかと心配に感じていたが、顔の広いお爺さんが何とか収拾をつけてくれたようだった。翌朝お爺さんからその話を聞いた私は、感謝の気持ちで頭が上がらなかった。
お爺さんとの朝食
私の出発の日がやってきた。朝早く起き、チェックアウトの準備をしていると、「最後に一緒に朝ご飯を食べに行かないか、おすすめの料理をご馳走してあげるから」とお爺さんが誘ってくれた。フェズとの別れを惜しく思っていた私としては、とても嬉しい申し出だった。
ゲストハウスの近くのレストランに行き、朝食を共にした。お爺さんは「うちのゲストハウスに泊まってくれたゲストが旅立つ時、こうやって一緒に朝ご飯を食べるのが私の楽しみなんだ」と教えてくれた。その言葉に、私はお爺さんがこのフェズの町でゲストハウスを営む理由が分かった気がした。
人情に溢れたお爺さんとの最後の時間を楽しんだ。ちなみに、お爺さんが食事代を出してくれるのかと思っていたが、朝食の会計は全て私持ちだった。あれ?ちょっと話が違う…?と少々困惑したものの、ニコニコと屈託のない笑顔で私を見つめるお爺さんを見ていると、そんな小さなことで動じるのは馬鹿らしいなと感じてきた。
その日の朝、フェズの空は澄み渡り、柔らかな光がメディナの石畳を照らしていた。私はお爺さんとの最後のひとときを胸に刻みながら、新たな旅立ちを迎えた。あの優しさ、あの安心感は、今でも私の心に残っている。あれから10年が経過した。お爺さんは今頃90歳を越えているだろうか。インターネットが通じていないゲストハウスだった上に、お爺さんはSNSのアカウントを一切持っていなかったため、連絡手段はない。しかし、再びフェズの地を訪れ、お爺さんに会える日が来ることを夢見て、旅を続けたいと思っている。
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