世界を旅する時、「この国の人々や言葉のことを、英語で何て呼ぶんだろう?」と考えたことはありませんか?例えば、日本人(日本語)は「Japanese」、韓国人(韓国語)は「Korean」、フランス人(フランス語)は「French」...。これら、その国の人・ものを指す形容詞のことを、実は「デモニム(demonym)」と呼ぶのを知っていましたか?
この言葉は、ギリシャ語の「demos(人々)」と「onym(名前)」を組み合わせてつくられた比較的新しい単語で、「ある場所の人々を表す名前」という意味です。簡単に言えば、国や地域の出身者や住民を指す言葉のことです。
デモニムは、私たちが日常的に使っている言葉でありながら、その裏には言語学、歴史、文化の豊かな物語が隠れています。今日は、このデモニムの世界に深く潜って、その面白さと重要性を探っていきましょう。
デモニムの多様性:主な接尾辞とその由来
記事タイトルでも触れましたが、日本人を表すデモニムは「Japanese(ジャパニーズ)」。決して、「Japanian(ジャパニアン)」や「Japanish(ジャパニッシュ)」などと呼ぶことはありませんよね。一方で、エジプト人なら「Egyptian(エジプシャン)」、スペイン人なら「Spanish(スパニッシュ)」等と、国名の後ろにつく「接尾辞」は国によって様々。デモニムは一見ランダムに見えますが、実は歴史と言語学の興味深い組み合わせなんです。主な接尾辞とその由来を見ていきましょう。
1. -an / -ian
例: American, Canadian, Brazilian, Australian, Russian
由来と特徴
- ラテン語の接尾辞 "-anus" に由来します。
- 最も一般的で、多くの国に適用されます。
- 特に新世界(アメリカ大陸、オーストラリアなど)の国々によく使われます。
- 古代ローマ時代から使われていた形式で、「~に属する」という意味を持ちます。
興味深い例
- Martian(火星人): 惑星名にも適用されることがあります。
- Shakespearean(シェイクスピア的な): 人名にも使われることがあります。
2. -ish
例: British, Spanish, Turkish, Polish, Swedish
由来と特徴
- 古英語の接尾辞 "-isc" に由来し、「~の性質を持つ」という意味があります。
- 主にヨーロッパの古い国々に使用されます。
- 中世の頃から使われ始めた形式です。
興味深い例
- Cornish(コーンウォール人): 国だけでなく、地域にも使用されます。
- Childish(子供っぽい): 性質を表す一般的な形容詞としても使われます。
3. -ese
例: Japanese, Chinese, Vietnamese, Portuguese
由来と特徴
- イタリア語の接尾辞 "-ese" に由来し、ラテン語の "-ensis"(~出身の)が元になっています。
- 主にアジアの国々に使用されますが、例外(Portuguese)もあります。
- 16世紀頃、ヨーロッパ人が東アジアと交易を始めた時期に英語に入ってきました。
興味深い例
- Journalese(新聞用語): 業界用語のような、特定の社会的コミュニティで話される言語スタイルを指すために使用されることもあります。
4. -i
例: Israeli, Iraqi, Pakistani, Bangladeshi
由来と特徴
- アラビア語で「~の」という属格を表す "-i" がそのまま英語に取り入れられた形です。
- 主に中東やアジアの一部の国々に使用されます。
- イスラム文化圏の国々に多く見られます。
興味深い例
- Saudi(サウジアラビア人): サウジアラビアの「サウジ」は本来は「サウド家の」という意味。サウド家がアラビア半島に建国した国なので、サウジアラビアという国名になりました。
5. その他の珍しい形式
-er: New Yorker(ニューヨーク人), Londoner(ロンドン人)
-in(e): Algentine(アルゼンチン人), Levantine(レバント人)
- 主に都市の住民を指す際に使用されます。
-anian: Guamanian(グアム人)
-nian: Panamanian(パナマ人)
-ard: Savoyard(サヴォイア人)
-ene: Nazarene(ナザレ人)
その他、Thailand → Thai、Switzerland → Swiss、Netherlands → Dutch、Philippines → Filipino/Filipinaなどのように、上記のカテゴリーに当てはまらないタイプのデモニムも多数あります。
デモニムの法則性を理解する
デモニムの形成には、一見ランダムに見えても、実はいくつかの要因が影響しています。これらの法則性を理解することで、新しいデモニムを予測したり、既存のデモニムの由来を推測したりすることができます。
1. 地理的要因
- ヨーロッパの国々は "-ish" や "-ian" が多い
例:British, Spanish, Italian, Russian
- アジアの国々は "-ese" が多い
例:Japanese, Chinese, Vietnamese
- 中東の国々は "-i" が多い
例:Israeli, Iraqi, Kuwaiti
- アフリカの国々は "-an" が多い
例:Egyptian, Kenyan, Nigerian
2. 言語の起源
- ラテン語やギリシャ語に由来する国名は "-ian" が多い
例:Egyptian (Aegyptus), Grecian (Graecia)
- アラビア語の影響を受けた地域は "-i" が多い
例:Omani, Yemeni, Saudi
3. 音韻的要因
国名の最後の音によって、接尾辞が決まることもあります
例:Tunisia → Tunisian, Uganda → Ugandan, Croatia → Croatian
- "-land" で終わる国名は多くの場合 "-ish" や "-ic" になる
例:England → English, Iceland → Icelandic
4. 歴史的接触
- 英語圏の国々との歴史的な接触の時期や方法によって、デモニムの形が決まることもあります
例:日本やポルトガルと英国の交易関係が "-ese" の使用につながった
- 植民地時代の影響で、アフリカやアジアの多くの国が "-an" を使用
例:Indian, Malaysian, Zimbabwean
5. 慣習と伝統
- 長年の使用によって定着したデモニムは、必ずしも規則的でない場合もある
例:Dutch(オランダ人)、Swiss(スイス人)
6. 新しい国家の形成
- 新しく独立した国家は、しばしば "-an" や "-ian" を採用する傾向がある
例:Estonian, Lithuanian(1991年の独立後)
これらの法則性を理解することで、デモニムの世界がより体系的に見えてくるでしょう。しかし、言語は生きものです。多くの場合、上記の要因が複合的に作用してデモニムが形成される一方で、例外や特殊なケースも多く存在し、それがデモニムの世界をより興味深いものにしています。
デモニムの興味深い事例と例外
デモニムの世界には、一般的な規則に当てはまらない興味深い例外や特殊なケースがたくさんあります。これらの例を見ることで、言語の複雑さと面白さをより深く理解できるでしょう。
1. 複数の形式を持つデモニム
一つの国や地域に対して複数のデモニムが存在することがあります。これは歴史的な変遷や言語の多様性を反映しています。
オランダ:
- Dutch(一般的)
- Hollander(特定の地域出身者を指す)
- Netherlander(あまり一般的ではない)
スイス:
- Swiss(一般的)
- Helvetian(ラテン語由来、文学的表現)
ギリシャ:
- Greek(一般的)
- Hellene(古典的、文学的)
2. 国名と異なるデモニム
日本で浸透している国名からはまるで予想できないデモニムもあります。これらは多くの場合、その国の古い名称や歴史的背景に基づいています。
- イギリス人: British(Great Britainから)
- オランダ人: Dutch(古語の「Diets」から)
- ミャンマー人: Burmese(旧国名の「Burma」から)
- アラブ首長国連邦人: Emirati(首長国を意味する「Emirate」から)
- タイ人: Thai(古い国名「Siam」からSiameseも使われた)
タイの例は特に興味深いです。「Thai」というデモニムは、国名「Thailand」から直接派生したのではなく、民族名「Thai」に基づいています。かつては「Siamese」というデモニムも使われていましたが、これは古い国名「Siam」に由来します。1939年に国名が「Thailand」に変更された後も、デモニムは「Thai」のまま残りました。
3. 地域特有のデモニム
国レベルだけでなく、地域や都市にも独自のデモニムがあります。これらは地域の歴史や文化を反映していることが多いです。
- リバプール(イギリス): Liverpudlian(「プドル(水たまり)」に由来)
- ニューカッスル(イギリス): Geordie
- マンチェスター(イギリス): Mancunian
ちなみに、東京人のことは英語では「Tokyoite(トーキョアイト)」と呼びます。あまり耳にしませんが、Tokyonese、Tokyoishなどではなく、Tokyoiteが正しい呼称です。中々ピント来ないので、いっそEdokkoなどをそのまま英語に転用してほしいですね(笑)
4. 言語や民族に基づくデモニム
国名ではなく、言語や民族名に基づくデモニムもあります。
- バスク人: Basque(スペインとフランスの一部地域)
- クルド人: Kurd(Kurdish)とも(中東の複数の国にまたがる民族)
- ロマ人: Roma or Romani(ヨーロッパ各地に分布)
5. 歴史的変遷を反映するデモニム
時代とともに変化したデモニムもあります。これらは政治的、文化的変化を反映していることがあります。
イラン人:
- Persian(=ペルシャ人。古い呼称、現在でも文化的文脈で使用)
- Iranian(現代の公式な呼称)
ミャンマー人:
- Burmese(=ビルマ人。古い呼称、現在でも使用される)
- Myanmar(新しい国名に基づく呼称、ただしあまり一般的ではない)
デモニムを通じて広がる世界
デモニムの世界は、言語、歴史、文化、そして人々のアイデンティティが交差する面白い領域です。一つ一つのデモニムには、その背後に豊かな物語が隠れています。旅行者として、あるいは言語愛好家として、デモニムに注目することで、世界の多様性をより深く理解し、人々とのつながりを豊かにすることができるでしょう。