Jabal Al-Banatの見学を終え、バスは私たちをヘグラ遺跡群のメインディッシュへと運びます。多くの観光写真や絵はがきに使用される、あの有名な巨大墓石へ。今回はTomb of Lihyan, son of Kuza、およびJabal Al-Ahmarへの訪問レポートを中心にお届けします。
クザの息子リヒャンの墓 - 「孤独な城」との出会い
ついに私たちはTomb of Lihyan son of Kuza、別名「Qasr Al-Farid(孤独な城)」の前に立ちます。紀元1世紀に建造されたこの墓は、その卓越した設計と建築技術により、サウジアラビア初のユネスコ世界遺産に選ばれた遺跡群の中でも、特に重要な存在です。
「城」という通称は実は少し誤解を招くものかもしれませんね。これは立派な墓廟であり、内部の刻印や碑文からは、古代ナバテアの文化について多くを学ぶことができます。ファサード(正面)には、4つの巨大な柱が彫り出されており、各柱頭には精巧な装飾が施されています。特に上部の段状の装飾は、ペトラなど他のナバテア建築にも見られる特徴的なデザインです。
建造技法も特徴的で、上から下へと彫り進められたというナバテア特有の方式が採用されています。まず岩山の上部から足場を組み、そこから職人たちが徐々に下へと彫り進めていったとされます。当時の建築技術の高さを物語るとともに、なぜ下部が未完成のまま残されたのかという謎も、この工法を知ることで理解が深まります。
日が傾き始めた頃合いで、横から差し込む夕陽が墓の表面の凹凸によって作り出す陰影が、建造物の細部まで鮮やかに浮かび上がらせていました。特に柱と柱の間の陰影は、建造物全体に立体感を与え、その壮大さをより際立たせています。
砂丘からの眺望
ガイドの説明に耳を傾けながらも、この壮大な姿の全貌を捉えたいという思いに駆られ、近くの砂丘に登ってみることにしました。急斜面の砂はさらさらと崩れ、なかなか上れません。結局、サンダルを脱いで裸足で挑戦することに。砂漠の砂は不思議なもので、表面こそ暖かいものの、中はひんやりとしていて心地よい感触でした。
全体像をじっくりながめることで、この壮大な墓は実は未完成だった、という話の真相が分かります。下部に目を向けると、確かに上部に比べて彫刻の精密さが若干劣ることがはっきりと確認できます。しかし、それすらもこの建造物の魅力の一つとして捉えることができます。完成しなかった理由は何だったのか。想像を巡らせるのも、歴史を体感する醍醐味かもしれません。
ガイドチームの一人であるサウジ人スタッフが、「こちらの方が良く見えるよ」と声をかけてくれました。教えられた場所からは、西日に照らされた墓の勇姿が一望でき、さらに参加者の姿が写り込まない絶妙な撮影スポットでもありました。群れから少し離れ、私はしばらくその姿を砂丘の上から眺め続けました。
夕暮れのJabal Al-Ahmar
本日最後の訪問地、Jabal Al-Ahmarは、時間的な制約でスキップされることもある場所です。幸運なことに、この日は余裕があったため訪れることができました。太陽は地平線の彼方に沈もうとしており、これから一気に暗くなることが予感されました。
参加者たちは既にLihyanの墓で満足したのか、少し疲れた様子で遺跡の前をぞろぞろと歩いています。しかし、この場所には18基の墓が残されており、近年になっても新たな発見が続いているという重要な遺跡群です。私自身も、Ahmar遺跡そのものよりも、夕日を受けて黄金色に輝く周囲のキャニオンや、遠くに見えるLihyanの墓の姿に夢中になっていました。まさにアルウラのゴールデンタイムです。
2000年前のナバテア人女性ヒナトの墓が特に有名らしく、この墓からは、当時の生活を知る手がかりとなる貴重な遺物が多数出土しているとのこと。織物や革製品などの日用品は、砂漠の乾燥した気候のおかげで驚くほど良好な状態で保存されており、これらの出土品から、当時のナバテア人たちが、厳しい砂漠環境の中で豊かな生活文化を築いていたことが分かるのだそう。
砂漠の夕暮れに想いを馳せて
ツアー開始時は汗が滲むような暑さでしたが、今や砂漠は心地よい涼しさに包まれていました。ある地元のサウジアラビア人と立ち話をする機会があり、彼は「ぼんやりしたいときや考え事をしたいときには砂漠に来るんだ」と教えてくれました。砂漠の涼しさと静けさが、心を落ち着かせてくれるのだとか。日本で言えば川辺に行くような感覚なのでしょうか。私も少しの間、そんなサウジ流のチルアウトを体験してみました。
遠くからバスへの呼び声が聞こえ、名残惜しくもツアーの終了時刻です。South Gateに戻ると、Winter Parkへ向かう人々は更にバスへ。私はここで解散となりましたが、ちょうど西の山々に沈む夕日を見送ることができました。
おわりに
「過去の滅びた民から学ぶべき教訓がある」というガイドの言葉が、深く心に刻まれています。2000年の時を経て今なお私たちに語りかけてくるこれらの遺跡群。夕陽に照らされた古代文明の痕跡は、きっと訪れる人々の心に深く刻まれることだと思います。
サウジアラビアが観光地として世界に門戸を開いてから、まだ数年しか経っていません。今回の3回にわたる遺跡探訪記でお伝えしたように、ヘグラは徹底した保護と管理の下で、その歴史的価値を損なうことなく観光との両立を実現しています。暑さ対策から予約システムまで、万全の準備は必要ですが、夕陽に照らされた古代文明の痕跡との出会いは、きっとその手間に十分に値する体験となるはずです。アラブやナバテア文化に興味のある方は、是非アルウラを、そしてヘグラを訪れてみてください。