X(旧Twitter)やInstagramを見ていると、時々目にする奇妙な絵文字「🪬」。青い手のひらの中心に目玉のようなものが描かれた、一見不気味にも見えるこのマーク。まるでフリーメイソンのシンボル「プロビデンスの目」を彷彿とさせるデザインですが、似て非なるもの。実は、これには深い意味があり、中東で古くから愛されてきた伝統的なお守り「ハムサ」なのです。私たちの日常に突如として現れた不思議な手形には、実は数千年の歴史と深い意味が込められていました。今回は、そんなハムサについて中東旅行マニア視点で解説をして行きます。
ハムサとは
アラビア語で「5」を意味する「ハムサ(Hamsa)」は、五本指の手のひらを表現したシンボルです。その形状は、人間の右手を広げたような形を基本としており、掌の中心には目のモチーフが配置されています。時には魚やその他の幸運のシンボルが描かれることもあります。
このお守りの特徴的な点は、上向きでも下向きでも使用されることです。上向きの場合は積極的な幸運を引き寄せる効果が、下向きの場合は防御的な護符としての効果が強くなると言われています。また、指を広げた形状には、邪悪なものを押しとどめる意味が込められているとされています。
地中海に広がる古代からの歴史
ハムサの歴史は古代地中海世界にまで遡ります。古代フェニキアでは、豊穣と戦いの女神タニトのシンボルとして手形模様が使われていました。同じような手のシンボルは、古代ギリシャの神バッカスの祭りでも見られ、その後、古代ローマのユノー信仰へと受け継がれていきました。
このように、ハムサは地中海沿岸の様々な文化で大切にされてきた歴史を持ちます。時代とともに少しずつ形を変えながらも、「守護」と「豊かさ」を願うシンボルとして、今日まで大切に受け継がれてきたのです。
邪視(じゃし)から身を守る-目には目を
邪視とは、人の嫉妬や悪意のある視線に宿る「邪悪な力」のことです。「人に嫉妬された」「悪意のある目で見られた」という経験は誰にでもあるのではないでしょうか。特に、成功や幸せを手に入れた人が、他人からの妬みの目にさらされることは珍しくありません。
中東の人々は、このような邪視には実際に害を及ぼす力があると考えてきました。例えば、突然の病気や不運、事業の失敗なども、邪視の影響だと考えられてきたのです。特に、幼い子どもや妊婦、新婚夫婦、新しいビジネスを始めた人などは、邪視の影響を受けやすいとされ、特別な保護が必要だと考えられてきました。
ハムサの中心に描かれた「目」は、まさにこの邪視から身を守るために存在するとのこと。「目には目を」という考え方で、悪意のある視線を跳ね返す力を持つと信じられているのです。この目は、常に見張り番として機能し、持ち主を見守り続けると考えられています。
トルコの青い目「ナザール・ボンジュウ」との共通点
邪視除けといえば、トルコの「ナザール・ボンジュウ」も有名です。青い目の形をした、やはり目玉モチーフのお守りで、ハムサと同じく邪視から身を守る効果があるとされています。中東地域では、このように「目」のモチーフを使って邪視を跳ね返す考え方が広く共有されているのです。
ナザール・ボンジュウもハムサも、その地域の文化に深く根付いており、現代でも家庭や商店、車の中など、様々な場所で見かけることができます。これらのお守りは、その土地の人々の生活と密接に結びついているのです。
青で彩られた守護のシンボル
ハムサは青色で彩られていることが多いのですが、これは決して偶然ではありません。チュニジアをはじめとする北アフリカの国々では、青は生活に深く根付いた色です。街並みや日用品、装飾品など、あらゆる場所で青が使われています。この地域における青の文化的な意味や歴史については、過去記事で詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
現代のハムサ事情~チュニジアでの体験から
私が実際にチュニジアを訪れた際、ハムサの存在感の大きさに驚かされました。首都チュニスの旧市街メディナでは、伝統的な住宅の青い扉にハムサの装飾が施されているのをよく目にしました。
特に印象的だったのは、メディナの土産物店での光景です。ハムサをかたどったチャームや、色とりどりタイルが所狭しと並べられ、現代的なデザインから伝統的なものまで、実に様々なバリエーションが存在していました。陶器で作られたものや、真鍮製のもの、さらには現代的な樹脂製のアクセサリーまで、その種類は豊富でした。
ある店主は、「ハムサは単なるお守りではない」と語ってくれました。「これは私たちの文化であり、祖先から受け継いできた大切な知恵なのです」という言葉が、深く印象に残っています。
世界に広がるハムサの魅力
近年、ハムサは中東地域を超えて、世界中で人気を集めています。近年絵文字に取り入れられたことはもちろん、ファッションアクセサリーとしても注目され、ネックレスやピアス、ブレスレットなど、様々なアイテムにデザインとして取り入れられています。その人気の理由は、独特な美しさだけでなく、邪視から身を守るという普遍的な願いが込められているからかもしれません。
おわりに
一見すると不気味さと神秘性を併せ持つハムサは、単なるお守り以上の存在です。それは、人々の願いや祈り、文化的アイデンティティが凝縮された象徴なのです。
SNSで見かける絵文字の向こうには、このような深い文化的背景が存在しています。見た目は不思議かもしれませんが、その本質には人々の幸せを願う気持ちが込められています。今度ハムサを見かけたら、ぜひそんな背景のことも思い出してみて下さい。
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