前回は、中国の予約サイト「携程旅行」で田螺坑土楼群の文昌楼への宿泊を予約するまでをお伝えしました。今回は、実際の宿泊体験としてチェックインの様子をレポートします。
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霧に浮かぶ土楼群との出会い
山道を縫うようにバスが進み、ようやく田螺坑土楼群に到着したのは夕暮れ時でした。この日は南靖県の他の土楼群を巡った後だったため、すでに疲れが溜まっていましたが、霧がかかった山々を背景に浮かび上がる土楼群の姿に、疲れも吹き飛びました。
「四菜一汤(四品のおかずと一品のスープ)」と称される五つの土楼が、まるで食卓を囲むように建ち並ぶ様は、写真で見るよりもはるかに壮大でした。特に私が宿泊する文昌楼は、その楕円形の姿が群を抜いて印象的です。
思いがけない"文字なし"チェックイン
緊張しながら文昌楼に足を踏み入れると、1階で冷たい飲み物を売っている客家(ハッカ)のおばさんが笑顔で近づいてきました。今日この文昌楼の中の民宿に泊まる予定であると告げたところ、どうやら宿泊の予約確認をしたいとの返事。スマートフォンの携程旅行の予約画面を見せましたが、ここで意外な展開が待っていました。
「看不懂(カンプートン:読めません)」と首を振るおばさん。なんと漢字の読み書きができないというのです。息子さんが民宿を経営しているそうですが、おばさんは日常的に客家語を使用しており、中国標準語(普通話)での読み書きは不得手なのだとか。
ここで私の拙い中国語力が試されることに。身振り手振りを交えながら「今日の予約をした日本人です。2階以上のトイレなしの部屋を予約しています」と何とか伝えると、やっと理解してもらえました。
まるで秘密基地!最上階の客室への道のり
おばさんに導かれ、普段は観光客立入禁止の上層階へと向かいます。年季の入った木の階段は、一歩上がるごとにきしみ音を奏でます。2階、3階と上がっていくにつれ、通常の観光では決して見ることのできない土楼の生活空間が広がっていきました。
3階の廊下を回り込んだ先には、これまでの階段とは異なる、まるで年季の入った梯子のような急勾配の階段が。これを使って4階へ上るのかと驚きましたが、おばあさんは「没问题(メイウェンティ:問題ありません)」と手招きします。
這うように上って辿り着いた4階は、なんと土楼の最上階。天井は斜めに傾斜しており、頭上にはすぐ土楼の瓦屋根が迫ります。まるで子供の頃に憧れた秘密基地のような空間です。
想像以上に快適な客室と、噂の「バケツトイレ」
部屋の扉を開けると、外観の古さからは想像もつかないほど、部屋の中は清潔で整然としています。内側と外側に一つずつ設けられた窓からは心地よい風が通り抜け、風水的にも申し分ない造りです。ベッドは堅めですが、シーツは清潔で、ちゃぶ台まで備え付けられていました。
そんな部屋の説明の最後に、おばあさんが意味深な表情で赤いバケツを取り出しました。どうやらこれが、土楼を訪れた々旅人の間で語り継がれる「バケツトイレ」の正体。上層階の住民は、夜間などに土楼の外の共同トイレまで降りるのが面倒な際、このバケツを使用し、翌朝処理するのだとか。
幸い、土楼の入り口近くにある共同トイレは比較的清潔で、夜間でも利用可能とのことでした。
迷路のような廊下と生活の息吹
部屋に荷物を置いた後、さっそく土楼内の散策へ。どの階も似たような造りの廊下が円を描くように続き、まるで迷路のよう。自分の部屋を見失わないよう、階段前に干してある住民の方の赤い洗濯物を目印にすることにしました。
文昌楼の特徴は、なんといってもその楕円形の姿。円形や四角形の土楼は他にもありますが、楕円形は珍しいそうです。3階の廊下から中庭を覗くと、まるで劇場の桟敷席から舞台を見下ろすような感覚。
生きている博物館での暮らし
中庭では、住民たちの日常生活が繰り広げられています。共同の井戸や水道の周りでは、お喋りに興じる女性たち。各世帯に割り当てられた流し台では、夕飯の支度や洗濯が行われ、生活の音が響きます。
1階部分には各家庭の台所や浴室が並び、一部はお茶屋さんや土産物店として観光客を迎えています。垂直の村と呼ぶにふさわしい光景。住民たちは1階で生活の大半を過ごし、就寝時には2階以上の部屋を使用するという生活リズムが、何世代にもわたって続いているそうです。
廊下を歩いていると、洗濯物を干す住民や、農作業帰りの人々とすれ違います。観光客である私に、皆さん気さくに「吃饭了吗(チーファンラマ:ご飯食べた?)」と声をかけてくれます。これは中国での一般的な挨拶ですが、土楼という特別な空間で交わされる言葉に、何とも言えない温かみを感じました。
いかがでしたでしょうか?
次回は、土楼での夜の過ごし方と、翌朝までの体験をお伝えします。果たして、バケツに頼ることなく快適な一夜を過ごすことはできたのでしょうか。そして、住民たちとの交流はどのように深まっていくのか。土楼での生活体験は、まだまだ続きます。
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