前回は文昌楼での衣食住にまつわる体験をお伝えしました。最終回となる今回は、田螺坑土楼群での人々との交流、特にお茶を通じた心温まる出会いの数々をご紹介します。
歩雲楼のお茶屋での縁
田螺坑土楼群まで送ってくれた運転手の何超さんが「義理の姉がお茶屋をやっているから、よかったら寄ってみない?」と教えてくれたのは、歩雲楼の1階でした。せっかくの機会なので、さっそく訪問してみることに。
店内では、お姉さんが次々と異なる種類のお茶を淹れてくれます。花茶、花紅茶、鉄観音茶...。一煎、二煎と味や香りの変化を楽しみながら、お茶談義に花が咲きました。土楼の周りに広がる茶畑の話や、お父様も茶農家だという話まで。
「この辺りはみんなお茶と共に生きているのよ」というお姉さんの言葉通り、福建省、特にこの地域ではお茶は単なる飲み物以上の存在のようです。甘い香りが印象的だった花紅茶を購入すると、「日本の友達にも福建のお茶を知ってもらいたいから」と、鉄観音茶や烏龍茶をたくさんおまけしてくれました。
その後、特別に歩雲楼の内部まで案内してくれることに。通常は観光客立入禁止の住居エリアですが、「招待客だから」と3階まで連れて行ってくれました。方形土楼特有の整然とした造りの中から眺める夕焼けは、円形の文昌楼とはまた違った味わい。シンメトリックな建物の構造が、夕陽に染まる空とコントラストを成す様は、忘れられない風景となりました。
お茶を飲みながら、翌日の予定について相談することに。私が永定土楼群への訪問を考えていることを話すと、「あら、それなら...」と地元の人ならではのアドバイスを次々と教えてくれました。何超さんも交えての旅程相談は、まるで親しい友人と旅の計画を立てているかのような和やかな時間となりました。お姉さんの「あとで感想聞かせてね」という言葉に、心が温かくなりました。
文昌楼の民宿オーナーと
また夕食後、遅れて帰ってきた宿のオーナー、黄(フアン)さんに「お茶でもどう?」と声をかけていただきました。最初に見かけた時は、精悍な顔立ちとクールな雰囲気から、少し近寄りがたい印象を受けたものです。しかし実際に話してみると、その第一印象は見事に覆されました。
穏やかな口調で、時折優しい笑みを浮かべながら丁寧にお茶を淹れる黄さん。実は民宿経営の傍ら茶業も手掛けているとのこと。「東洋のユダヤ人」と称されることもある客家の人々のビジネス才覚を、身をもって体現しているようでした。
茶器を丁寧に温め、お茶を淹れる黄さんの手つきには、代々受け継がれてきた所作を感じます。福建式の作法で、湯呑みが空になる前に次々とお茶を注ぎ足してくれます。まるでわんこそばのように、もてなしの心が尽きることはありません。
お茶が進むうちに、黄さんの口から驚くべき話が。なんと彼は22代目、実に600年も続く家系の末裔だというのです。日頃から親切にしてくれているおばちゃんは彼の母親で、この土楼で暮らす人々は皆、長い歴史で結ばれた一族なのだとか。600年前、彼らの先祖は何を思い、どんな暮らしを送っていたのだろう。悠久の時を超えて受け継がれてきた物語に、思いを馳せずにはいられません。
話が弾む中、黄さんはたばこを取り出して勧めてくれました。この地域では老若男女問わず喫煙率が高く、実は永定土楼には、たばこ生産で財を成した兄弟が建てた土楼もあるのだとか。普段は決して吸わない私ですが、この特別な時間への敬意を込めて一服。4年ぶりの紙タバコは、土楼の空気感と相まって妙に美味しく感じました。そんな様子を見てにやりとする黄さんたちの笑顔も、また温かいものでした。
受け継がれゆく客家の心
土楼での滞在を通じて感じたのは、客家の人々の並々ならぬバイタリティです。茶業、民宿、観光業など、伝統を守りながらも新しい商機を逃さない彼らの姿勢は、まさに「東洋のユダヤ人」の名に恥じないものでした。
しかし同時に、商才だけでなく、お茶を通じた交流に見られるような、人との絆を大切にする精神も脈々と受け継がれています。観光客である私にも、まるで遠からず訪れた親戚のように接してくれた温かさは、決して演出されたものではないはずです。
旅の終わりに
土楼という特別な建築の中で、600年もの時を超えて受け継がれてきた暮らしと心。それは単なる観光資源ではなく、今を生きる人々の誇りとアイデンティティそのものなのかもしれません。お茶の香りと共に過ごした田螺坑での日々は、そんな客家の人々の本質に触れられた、かけがえのない時間となりました。
この土楼での体験は、単なる世界遺産観光の域を超え、悠久の歴史の中で息づく人々の暮らしに溶け込めた稀有な機会となりました。客家の人々が受け継いできた伝統と革新、商才と情、そのすべてが調和した姿に、これからの観光や文化継承のヒントが隠されているのかもしれません。
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