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【2025カウントダウン】チューリッヒの年越し花火レポート:想定外の展開が魅せた特別な瞬間

海外でのカウントダウン——誰もが一度は夢見る年越しではないでしょうか。ただ、キリスト教圏での年末年始は街全体が静寂に包まれることも珍しくなく、私自身過去ロンドン年越しで不完全燃焼な気分を味わったことがありました。

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そんな中、今年我々の目に留まったのは、チューリッヒの年越しイベントの情報。「ヨーロッパ有数の花火大会」「各国から観光客が集まる一大イベント」といった謳い文句に、これなら理想的な年越しができるのでは、という期待が膨らみます。スイスの金融都市として知られるチューリッヒですが、年末年始には華やかな表情を見せるとの口コミも、背中を押してくれました。

今回は、そんなチューリッヒでの2024~2025年カウントダウンの様子を、現地での体験ルポとともにお届けします。

ディナー予約争奪戦

スイスの年越しは、Fondue Chinoiseを家族で囲むのが定番スタイル

チューリッヒ年越しを決めて早々、最初の関門にぶつかることになります。渡航の一週間前、夕食の予約を取ろうとしたものの、市内の主要なレストランはことごとく満席。自動予約システムの確認だけでなく、メールを何度も試みましたが、どこも予約で埋まっているか、クリスマス休業予定だという返事ばかり。高級レストランからカジュアルな店まで、ありとあらゆる店に問い合わせましたが、どこも期待は薄い状況でした。

町のレストラン的雰囲気のLa Bottega di Mario。高級エリアのDistrict 1の中では比較的カジュアルに過ごせます。

諦めかけた時、District 1にあるイタリアンスイスレストラン「La Bottega di Mario」にて、奇跡的にシルベスター(年越し)コースディナーの予約枠が空いていることを確認。恐らく直前キャンセルが出た形だろうか。すぐさま予約を確定させました。

シェフ特製の年越しコースは、スイスの定番年越しメニューである「Fondue Chinoise(スイス風しゃぶしゃぶ)」を中心としたペアリングコース。アペタイザーのハムも含め非常に大当たりのお店だったので、レストランの詳細についてはまた別記事で紹介します。

お祭り感のあるテーブルセッティングが可愛らしい

アルコールが効きすぎたのか、最後のデザートワインが予想以上に回ってきてしまい、一旦ホテルで休息を取ることに。幸い、駅近くの便利な場所にホテルを確保していましたが、今思うとホテルが遠かった場合はここで年越しを断念していたかもしれません。

活気づく夜の街へ

仮眠をとって体力を回復させ、時計を見ると23時を回っていました。急いで身支度を整え、いよいよ本命の花火大会へ。

花火大会はチューリッヒの中心部であり、湖畔エリアのBürkliplatzからの眺望がベストだとのこと。ホテルからトラムで20分程度の距離でしたが、せっかくなので散策をかねて歩くことに。チューリッヒで最も賑わう目抜き通り、Bahnhofstrasseに出ると、そこには既に人々の波が。老若男女、家族連れ、カップル、友人グループ、様々な人々が南へ南へと歩を進めています。普段は高級ブランドショップが立ち並ぶこの通りも、この夜ばかりは別の顔を見せているようでした。

カウントダウンが近づくにつれ人々でごった返す大通り

通りに響く笑い声、様々な言語が混ざり合う会話、そして...突如として空を切り裂く花火の音!思わず振り向くと、路地の向こうで小さな花火が打ち上がっています。驚いたことに、これは公式の花火ではなく、地元の若者たちによる自主的な打ち上げでした。

日本なら即座に警察沙汰になりそうな光景ですが、ここチューリッヒでは誰も気にする様子もありません。むしろ、通行人から歓声が上がるほど。警察官も近くにいましたが、この日ばかりは大目に見ているのでしょうか。

Bürkliplatz近くの露店レイブ

Bürkliplatzに近づくにつれ、人の密度は増していきます。大晦日の夜は予約なしで入れるような飲食店は皆無でしたが、Bürkliplatz周辺には露店が広がっていたため、お腹を空かせた人々が行列を成していました。露店からは温かい食べ物の香りが漂い、ホットワインを手に持つ人々の姿も。

23時半を過ぎ、いよいよ湖畔の最前線近くに到着。既に最前列は埋め尽くされていましたが、背の高い人々の間から湖面が見える場所を何とか確保。周りを見渡すと、より良い視界を求めて建物の上によじ登る若者たち。

寒さも厳しくなってきましたが、誰もがこの瞬間を心待ちにしている様子。スマートフォンを確認しながら、残り時間をカウントダウンする人々の姿も。

誰も予期しなかった年越しの瞬間

いよいよ2025年1月1日0時が近づいてきました。皆で一斉にカウントダウンを始めるのか?きっとドイツ語でカウントダウンが始まるんだろうな…そうなると、私たち日本人だけ置いてけぼりになってしまうかも。そんな心配をしていると、あっという間に時計は0時を指していました。

0時を向かえて上がったミニ花火

しかし、想像していたような大きなカウントダウンはありません。気がつけば、新年は静かに始まっていました。代わりに周囲からパパパパと小規模な花火が上がり始めます。左からも右からも、まるで競うように打ち上げられる花火の音。でも、心なしか小さい気が。これが噂に聞いた「ヨーロッパ有数の花火大会」なのだろうか?隣にいた外国人観光客も首を傾げています。

そんな中、近くにいた観光客の会話を盗み聞きすると、「本当の花火は0時20分からだよ。今のは、みんなが勝手に打ち上げてるだけさ」とのこと。地元の若者たちが興奮してゲリラ花火を上げていた模様。その言葉に少し安心しつつも、なぜ公式の打ち上げは0時20分なのか?という疑問が生まれます。

予想外のクライマックス

0時20分が近づくにつれ、人々の期待は高まる一方で、退屈も最高潮に。寒さも厳しく、「もう帰ろうか」とささやく家族連れもちらほら。中には、先ほどの0時の小規模花火を見てショーが終わったと勘違いしたのか、終電を気にしてか、駅の方面へ歩き始めたファミリーも。建物の上に陣取っていた若者たちも、既にスマホに夢中です。

そんな中、20分ちょうどに突如として辺りの街灯が消えました。闇に包まれた瞬間、会場全体から歓声が上がります。

いよいよ打ち上がる新年の花火を捉えようと、スマホを構える人々

「ドーン!」という重低音が響き渡ります。その音の大きさに、思わず身構えてしまうほど。でも…どこにも花火が見えません。「ドーン!」「ドーン!」と続く大音響。でも、目の前の夜空には何も。

会場の人々が一斉に首を巡らせ始めます。どの方向から花火が打ち上がっているのか、まるで宝探しのように空を見回す人々。

そして、ようやく事態が飲み込めてきました。チューリッヒに降り立った時から気になっていた濃い霧。その霧が、花火の姿を完全に隠してしまっていたのです。たった数百メートル先の湖上で打ち上げられているはずの大輪の花火は、その姿を私たちに見せることはありませんでした。

しかし、その代わりに私たちが目にしたのは、思いもよらない幻想的な光景でした。花火は見えなくとも、その光は霧全体を染め上げていきます。まるで巨大なスクリーンのように、空一面が緑に染まり、次は赤に、そして青へと変化していく。音と光と霧が織りなす、世界でも珍しい光のショーが始まったのです。

まるで天変地異のごとく、空を真っ赤に染める霧の向こうの花火

最初こそ落胆の声を上げていた観客たちも、次第にこの独特な光景に魅了されていきました。「こんな花火大会、見たことない!」と、大笑いで写真を撮る人々。面白いことに、この「失敗」とも取れる状況が、むしろ人々の笑顔を呼び、会場の雰囲気を和やかなものにしていきました。見知らぬ者同士が顔を見合わせ、笑いあう。「こんなの初めて」「チューリッヒの霧も、たまには素敵なサプライズをしてくれるものだね」と、予想外の展開を楽しんでいます。

メインの花火が終わりに近づくにつれ、帰路に着く人々の波が生まれ始めます。その中を、再び地元の若者たちによる自主的な花火が、あちこちで打ち上がっていきます。来る時は「危なっかしいな」と感じたその花火が、今度は違って見えました。

野良花火を楽しむ人々

むしろ、霧で見えなかった大きな花火の代わりに、近くで打ち上がる小さな花火の一つ一つが、より一層輝いて見えます。パンパンという音と共に、色とりどりの光が路地を彩っていく。「むしろこっちの方が綺麗じゃない?」なんて声も漏れ聞こえてきます。我々も、そんな地元の若者達によるゲリラ花火に見送られる形で、惜しがりつつも会場を後にしました。

おわりに:特別な年越しの思い出として

想像していた華やかな花火ショーとは、確かに大きく異なる年越しとなりました。しかし、予定調和な観光スポットではなく、予想外の展開と、それを楽しむ人々との一体感。そこにこそ、旅の本当の醍醐味があったように感じます。

霧に包まれた湖面に映る花火の幻想的な光景、路地裏で打ち上げられる小さな花火たち、見知らぬ人々と交わした笑顔。これらすべてが、チューリッヒでしか味わえない特別な年越しの思い出として、深く心に刻まれることとなりました。

時には、計画通りに進まないことこそが、その土地ならではの魅力を教えてくれる——そんな旅の真髄を、このチューリッヒの年越しは教えてくれたように思います。