イランでビールが飲めるというと、驚かれる方も多いかもしれません。イスラム共和国イランでは、アルコール飲料は法律で禁止されています。しかし、実はイランの一般的なスーパーやキオスクには、堂々と「ビール」として販売されている飲み物が並んでいます。
実は、ビールとは言ってもこれらはすべてノンアルコールビール。アルコール度数0%でありながら、ビールの風味や喉越しを再現した飲み物です。イランでは、これが「ビール」として完全に市民権を得ています。
このノンアルビール文化は、イランならではの飲み物文化として発展しています。実際に現地で飲み比べた体験をもとに、あまり知られていないイランのビール事情を掘り下げていきます。
イランビールとは?その歴史と背景
イランでは1979年のイスラム革命以降、アルコール飲料が禁止されました。しかし、ビールの風味を楽しみたいという需要は残っていたため、1980年代からノンアルコールビールの製造が始まりました。
イランのノンアルコールビールは単なる代替品ではなく、独自の進化を遂げています。アルコールを含まない製法で、麦芽の風味やホップの香りを最大限に引き出す工夫がなされているのです。国内には複数のメーカーが存在し、それぞれ独自の味わいを競い合っています。
これらのビールは「マアルシャイール」(非アルコール麦芽飲料)とも呼ばれ、イランの食文化の一部として定着しています。特に暑い夏には、清涼感のある飲み物として人気を博しています。
イランビール飲み比べレポート
それでは実際にいくつか現地のビールを飲んだ感想をシェアさせていただきます。
Hey Jo(ヘイジョー):さっぱり系の定番
イランで最もよく見かける「Hey Jo」は、多くのレストランやスーパーで手に入る定番ビール。その黄金色のパッケージで洗練されたデザインの缶が特徴的です。
グラスに注ぐと、ほどよい泡立ちとともに麦芽の香りが広がります。見た目は完全に通常のビールと同じです。
一口飲むと、さっぱりとした味わいが広がります。日本のノンアルコールビール「オールフリー」に近いですが、よりドライで軽快な印象。麦芽の甘みは控えめで、清涼感が前面に出ています。炎天下を歩き回った後の爽快感は格別。汗を拭きながら一気に飲み干した時の満足感は忘れられません。この清涼感は真夏のイランではとても重宝します。羊肉のケバブや辛いフェセンジャーン(ザクロと鶏肉の煮込み)といった濃厚なイラン料理と一緒に飲むと、口の中をさっぱりとしてくれる爽やかさがあります。
飲んだ印象としては、ビールの代替としては物足りなさを感じるかもしれませんが、「ノンアルビールテイスト飲料」として見れば十分に美味しい。特に暑い日に冷えたHey Joを飲むと、アルコールがなくても十分に満足感があります。
Behnoush(ベヌーシュ)オリジナル:深みのある味わい
シーラーズの路地にある小さな商店で見つけたのがBehnoushの黒瓶。イランの大手飲料メーカーBehnoushは「Delster」というブランドで有名ですが、こちらはブランド名が付いていない製品です。基本的にどこの店でも手に入る一般的な商品です。個人的に、勝手にBehnoush Originalと呼んでます。
王冠を開けると、濃厚な麦芽の香りが広がります。液体は濃いめの褐色で、クリーミーな泡が立ち上がります。
Hey Joと比べて明らかに苦みが強く、よりビールらしい風味を感じます。麦芽の香ばしさもしっかりと感じられ、強いて例えるなら日本の「黒ホッピー」に近い味わいです。
個人的にはこちらの方が好みです。苦みと香ばしさのバランスが絶妙で、「これがノンアルなの?」と驚くほどの完成度。近くの商店で買い、一日の終わりにホテルのテラスでゆっくりと飲んだ時は、心なしか酩酊感を感じたほど。思わず「これに焼酎入れたら最高だろうな」などと考えてしまいました。
イラン人気ブランドと市場の多様性
イランのスーパーやキオスクには、今回紹介した銘柄意外にも驚くほど多様なノンアルビールが並んでいます。各メーカーがしのぎを削り、様々な味わいを提供しているのです。
特に人気のブランドをいくつか紹介します:
-
Argo(アルゴ):都市部で特に人気があり、若者の間で好まれています。爽やかな風味と洗練されたパッケージデザインが特徴。
-
Shams(シャムス):伝統的な製法にこだわったブランドで、より本格的なビール風味を追求しています。中高年層に支持される傾向があります。
-
Delster(デルスター):Behnoushの主力ブランドで、レモン風味やアップル風味など様々なフレーバーがあります。特に女性やビールの苦みが苦手な人に人気です。
-
Istak(イスタック):比較的新しいブランドで、独自の風味で人気を集めています。若い世代を中心に支持を広げています。
これらのブランドは、イランのどのスーパーや商店でも簡単に見つけることができます。パッケージのデザインも非常に洗練されており、「ジャケ買い」して飲み比べるのも旅の楽しみの一つです。ペルシャ語とペルシャ文様が融合したパッケージは、見ているだけでも楽しめます。
イランの缶の特徴:独特なプルタブ
ところで、イランのビール缶で興味深いのが、プルタブの独特な形状です。日本など他国の缶と比べると、引き環の形状や開け方に違いがあり、初めて開ける際には少し戸惑います。
この独特なデザインには、いくつかの理由が考えられます:
-
独自の工業規格と技術の影響:イランは国際的な包装技術の標準規格に必ずしも準拠しておらず、自国内での生産・供給を重視した独自の技術が発展しています。
-
経済制裁の影響:長年にわたる欧米からの経済制裁により、海外の製造技術や機械の輸入が制限されてきました。その結果、国内で製造可能なプルタブの設計が他国と異なっています。
-
コストと供給の問題:国内で調達しやすい形状のプルタブを使用している可能性もあります。
小さな違いですが、こうした詳細にもイランの独自性が表れていて興味深いものです。慣れると独特の感触で開けられるイランのプルタブには、独自の合理性があるようにも感じられました。
イラン人とビールの興味深い関係:「苦い飲み物」としての認識
もう一つ余談をご紹介。レストランでビールを注文した際に面白いエピソードがあります。ビールを注文すると、店員さんが少し心配そうな表情で「これは少し苦い飲み物ですが、大丈夫ですか?」と確認してきたのです。
この一言から見えてくるのが、文化的な味覚の違いです。ビールに慣れ親しんだ文化圏の我々からすれば、ビールの苦みは当然のもので、わざわざ注文時に断るようなことはありませんよね。しかし、アルコール飲料の文化がないイランでは、これらのノンアルビールは「苦い飲み物」として認識されているのです。
特に若い世代や女性は、より甘いフレーバー入りのノンアルビールを好む傾向があります。実際、レストランでは多くの女性客がレモンやアップル風味のビール(というよりもサイダーに近い?)を選んでいました。
こうした味覚の違いは、文化的な背景による嗜好の差と言えるでしょう。私たちビールを飲み慣れている日本人からするとさっぱりとしたビール風味ですが、アルコール飲料を飲まないイランの人々からすると、これらのノンアルビールは「苦い飲み物」としてイメージされているのだと気づかされました。
まとめ:独自の進化を遂げたイランのビール文化
イランのノンアルコールビールは、単なる「代用品」ではなく、独自の文化として発展した飲み物です。アルコールがなくても、ビールならではの風味や喉越し、そして食事との相性の良さを十分に楽しむことができます。
イランを訪れる機会があれば、ぜひ様々なブランドを試してみてください。日本で飲むノンアルコールビールとはまた違った魅力を発見できるはずです。パッケージのデザインの美しさも楽しめますし、缶のプルタブの独特な形状からは経済制裁下での工夫も垣間見えます。
何より、こうしたノンアルビールを通じて、イラン人の柔軟性や創造性、そして「制限の中での自由」を追求する姿勢に触れることができます。アルコールなしでも十分に「ビール文化」を楽しめるイランの姿は、イスラム教国に対する固定観念を打ち破る貴重な文化体験となるはずです。