エジプトのカイロといえば、ピラミッドやスフィンクスなど世界的な観光地として知られる街。しかし、その魅力の裏には、観光客を悩ませる移動交通事情が存在します。多くの旅行者が「ぼったくり」や「強引な客引き」に辟易としているという話は耳にしていたものの、世界各国を旅してきた私としては「インドネシアやインドなども同様だし、大したことはないだろう」と高をくくっていました。特に近年では、UBER(ウーバー)などの配車アプリがカイロでも普及していると聞き、システム化された料金設定により、トラブルを回避できるだろうと期待していました。
しかし、実際に体験した現実は想像をはるかに超えるものでした。カイロの移動交通事情は、私がこれまで訪れたどの途上国よりも混沌としており、一筋縄ではいかない状況だったのです。
UBER利用の落とし穴
深夜便でカイロ国際空港に到着した私は、ギザのホテルまでの移動にUBERを利用することにしました。アプリ上では約300EGP(約6ドル程度)という表示で、すぐにドライバーとマッチング。一見スムーズに見えましたが、すぐにドライバーからメッセージが届きました。
「現金は持っていますか?」
会話を続けると、彼の真意が明らかになりました。UBERのシステムを通さず、アプリ上の取引をキャンセルして現金で直接支払ってほしいというのです。しかも驚くべきことに、アプリ上の6ドルから大幅に跳ね上がった20ドルを要求してきました。理由は「空港利用料がかかるから」とのこと。しかし、実際の空港利用料は20EGP(約60円)程度にすぎません。
あまりの法外っぷりに、私はUBERのシステム上でのみ取引すると主張しましたが、ドライバーは全く譲らず、取引をキャンセル。さらに捨て台詞として、「他のドライバーを探そうとしても無駄だよ。皆同じようにUBER上でのカード決済は望んでいないからね。結局、20ドルを現金で払うことになると思うよ」と言い放ちました。
想像を超える実態
「負け惜しみだろう」と思い、気を取り直して再度配車を依頼しましたが、次のドライバーも全く同じように現金取引を持ちかけ、やはり20ドルを要求してきました。前のドライバーの言葉が真実だったのです。
深夜0時を回っていたこともあり、このままキャンセルを繰り返して時間を無駄にしたくない私は、渋々交渉に応じることにしました。ただ、そのまま先方の希望金額を飲むのも癪だったので、何とか値切って15ドルまで負けてもらいました。
その後もカイロ市内での滞在中、同様のケースが続きました。UBERを使用して配車をしても、結局現金取引でないと乗せてくれず、それもUBERがサジェストする金額の数倍の料金を要求されるのです。観光客というだけで、かなり足元を見られていることを実感。ここにきて、カイロの移動交通事情の悪質さが、他の途上国よりも群を抜いて厳しいことを痛感しました。
なぜこのような状況になっているのか?
この状況が生まれている背景には、エジプト特有の社会的・文化的要因があります。まず挙げられるのが「バクシーシ文化」です。エジプトでは古くからチップや心付けを渡すことが一般的で、それがサービス提供者側の重要な収入源になっています。また、観光地として発展する過程で「外国人には高額料金を請求する」という慣行が普遍化してしまいました。
さらに興味深いのは、UBERが本来の目的とは違う形で使われている実態です。多くのドライバーは、最初からUBERの決済システムを利用する気がなく、単に集客ツールとして登録しているだけなのです。システムの透明性や安全性という本来の利点を無視し、アプリを単なる「お客さんとつながるための道具」として使っているわけです。UBERとしてはたまったもんじゃないですよね。
この状況は、現地の経済状況や観光客に対する認識と深く結びついており、簡単には変わらなさそうです。
良心的ドライバー
ただし、全てのドライバーがそうではありません。時には、いつ現金交渉が入るかと身構えている私たちに対して、そのような要求をせず、笑顔で目的地まで届けてくれるドライバーも存在しました。普通にUBERアプリ上での取引で完結する、善良なドライバーもいることは滞在中の数少ない救いでした。彼らの存在によって、完全に交通手段としてのUBERを諦めることなく、運試しのような気持ちで利用し続けることができました。
また、現金取引を持ちかけてくるドライバーも決して全員が極悪非道と言うわけではなく、先述のバクシーシ文化ゆえに罪意識がないままボッタクリを働いているであろう運転手もいました。実際、「希望の金額を払わないなら車に軟禁する」というような、我々を人質にとるような行動をとるドライバーはおらず、交渉中にも関わらずとりあえず目的地目指して車を走らせてくれる方ばかりでした。要するに、彼らにそこまでの悪気はないんです。
このエジプト人ならではの気質を理解し、損した気分はさておき、道中の会話に花を咲かせるのが、ストレスなくエジプト旅行を楽しむコツかもしれません。
効果的な対策
とは言え、何度も何度もボッタクリに合ってると交渉疲れしますよね。実は、私は滞在中にある工夫をすることで、以降のぼったくり確率を激減させることができました。その秘策が「UBERのプロフィールを現地人風にする」というシンプルなものです。
プロフィールがあからさまに日本人の顔写真・日本人名になっていると、外国人であることが一目で分かり、「これきた!」と狙われやすくなります。彼らは外国人であることを理由に法外な料金を要求してくるのです。そこで、私は途中からアイコンをシュマーグ(アラブの伝統的なスカーフ)を巻いた後ろ姿に変え、名前もイニシャルに変更しました。いっそ、「Ahmad」のようなイスラム圏風ニックネームにするのも効果的かもしれません。
これによって、完全に現地人だとは思わせられなくとも、少なくとも中東出身者や、少なくともエジプトに慣れ親しんだ人間だと思わせることができます。実際に、この変更後は現金取引を持ちかけられることがほとんどなくなりました。ドライバーたちは明らかな「カモ」を探しているのであって、少しでも警戒心を持っていそうな客は避ける傾向があるようです。
代替交通手段の活用
もう一つの対策は、状況に応じて適切な代替交通手段を利用すること。カイロでは、UBERの他にもいくつかの選択肢があります。
地下鉄は非常に経済的な選択肢で、一人わずか8EGP(約24円)という破格の安さで利用できます。車内は混雑していることが多いものの、渋滞に巻き込まれる心配がなく、主要な観光スポットの多くをカバーしています。特に、ラッシュアワーには地上の交通機関より圧倒的に早く移動できるため、貴重な観光時間を無駄にしたくない旅行者にとっては救世主となります。
また、小型の三輪自動車「トゥクトゥク」も活用価値があります。観光客に対しては多少強気な価格設定をされることもありますが、UBERでのトラブルを考えると相対的にリスクは低く、狭い路地や混雑した市街地では小回りが利くため便利です。ただし、進入禁止エリアが定められている他、郊外や長距離の移動には不向きなので、用途に応じて選ぶ必要があります。
一方、ローカルバスは利用方法が複雑で、路線図や時刻表が分かりにくいうえ、慢性的な渋滞に巻き込まれやすいため、短期滞在の観光客にはあまりお勧めできません。現地の人々の生活を垣間見る機会にはなりますが、限られた旅行時間を効率的に使いたい場合は避けた方が無難でしょう。
余談:荒々しい運転事情
カイロの交通事情の厳しさは、運転の荒さにも顕著に表れています。無理な追い抜きや車線変更は日常茶飯事であり、交通ルールは「目安」程度にしか考えられていないようです。クラクションを鳴らすのも単なる警告ではなく、コミュニケーションの一環として頻繁に使われ、時にはリズミカルに鳴らして遊ぶような使い方もされています。
さらに驚くのは、若者たちが車から花火を打ち上げるような危険な遊びも珍しくないことです。旅の途中では横転したトゥクトゥクを目撃したこともあり、安全基準の低さを痛感しました。
このような交通環境は、途上国の交通ノリに慣れていない旅行者にとっては相当なストレスになり得ます。しかし、ある程度の心構えがあれば、これもまた異文化体験の一部として受け入れることができるでしょう。どっしりとした気持ちで構え、移動の道中も一種のアドベンチャーとして楽しむ余裕があると良いと思います。何事も経験、と思える心の余裕が、カイロ滞在を充実したものにしてくれるはずです。
まとめ
カイロの移動交通事情は、確かに旅行マニアですら辟易するほどの混沌に満ちています。UBERという近代的なシステムが存在しながらも、その仕組みが本来の意図とは異なる形で利用されている現状は、グローバル化と現地の文化が複雑に絡み合う興味深い例と言えるでしょう。
しかし、プロフィールを現地風にアレンジする、代替交通手段を賢く利用するなど、ちょっとした工夫で状況を大きく改善できることも事実です。この「無法地帯」を前もって理解し、適切な対策を講じることで、エジプトの素晴らしい文化や歴史を存分に楽しむことができるはずです。
慣れない環境に戸惑うこともあるかもしれませんが、それも含めて貴重な経験となり、帰国後には笑い話として語れる思い出になることでしょう。カイロの交通事情は確かに厳しいですが、それを乗り越えた先にある古代文明の遺産と現代の喧騒が入り混じる独特の魅力は、間違いなく訪れる価値のあるものです。
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