以前前回の記事では、聖カタリナ修道院の美しい散策体験をお伝えしましたが、その直後驚くべきニュースが飛び込んできました。2025年6月6日、聖カタリナ修道院の修道士たちが抗議のため修道院の扉を閉鎖し、観光客の受け入れを停止したのです。
私たちが訪れたのは、まさにこの歴史的な閉鎖の直前だったことになります。1400年以上の歴史を持つこの聖地で、こんな重大な事態が起きていたとは...。今回は緊急番外編として、この深刻な状況について詳しくお伝えします。
前回記事はこちらから
何が起きているのか:修道院の土地を国が没収
問題の発端は、エジプトの裁判所が下した一つの判決です。簡単に言うと、「修道院の土地は国のもの。修道士たちは住んでもいいし使ってもいいけど、所有者ではない」という内容でした。
これは修道士たちにとって晴天の霹靂でした。1400年以上も守り続けてきた土地を、突然「あなたたちのものではない」と言われたのです。それまで自分たちの家だと思っていた場所が、実は「国から借りている」状態になってしまったのです。
91歳のダミアノス大主教は、この状況について怒りを込めてこう語っています。「私たちは6世紀からこの聖地を守ってきました。それなのに今になって『使ってもいいが、君たちのものではない』と言われているのです。私は27歳からここに住んでいる91歳の老人です。この痛みがどれほど大きいか、想像できますか?」
40年以上続く土地争い
実は、この問題の根は深く、1980年から続いています。修道院側は71カ所の土地について「これは私たちのものです」という書類を政府に提出し、受領証も持っています。しかし、エジプト政府は一貫して「認めない」と言い続けてきました。
興味深いのは、他の似たようなケースでは政府が所有権を認めているという点です。なぜ聖カタリナ修道院だけが特別扱いされるのか、修道院側は疑問視しています。
修道院の弁護士によると、9カ月間の交渉でようやく合意に近づき、契約書にサインする直前まで行ったそうです。ところが突然交渉が打ち切られ、その合意内容とは正反対の判決が出されました。「梯子を外された」とはまさにこのことでしょう。
さらに深刻な問題:追い出されるリスク
今回の判決で最も恐ろしいのは、「修道士が何らかの理由でここを離れたら、土地は国が取り戻す」という条項です。これは修道院の未来を、政府の気分次第にしてしまうということです。
例えば、政府が「観光開発のために立ち退いてほしい」と言った場合、修道士たちに拒否する法的根拠がなくなってしまいます。1400年続いた修道院生活が、いつ終わりを告げるか分からない状態になったのです。
世界中からの抗議の声
この問題は国際的な大騒動に発展しています。ギリシャ正教会、ロシア正教会、エルサレムの教会など、世界中の正教会が抗議の声を上げています。特にギリシャ政府は強く反発し、外務大臣がエジプトを訪問して直接抗議するほどの事態になっています。
背景にある巨大観光開発計画
なぜ今になってこんな問題が?実は背景に、エジプト政府が2021年に発表した「大変容プロジェクト」があります。これは聖カタリナ地域を巨大な観光リゾートに変える計画で、修道院もその一部として組み込まれる予定です。
批判派は「静寂な修道院がテーマパークのような観光地になってしまう」と懸念しています。一方で政府側は「修道院が勝手に独立国家のようになることを防ぐため」という立場のようです。
私たちの体験が歴史の分岐点だった
今思い返すと、私たちが聖カタリナ修道院を訪れた体験は、まさに歴史的な転換点の直前の貴重な記録となっていました。マフムドさんが案内してくれた燃える柴や聖なる礼拝堂、モーセの井戸といった聖地は、今や観光客が立ち入ることのできない場所となってしまいました。
修道院の修道士たちは、1400年以上守り続けてきた聖地への権利を主張して、観光客の受け入れを停止するという苦渋の決断を下したのです。おそらく彼らにとっても、観光収入を失うのは痛手のはずです。それでも抗議の姿勢を貫く決意の強さが伝わってきます。
これからシナイ山へ行こうとしている方へ
現在シナイ山登頂を計画されている方にとって、この状況は深刻な影響をもたらします。修道院が閉鎖されている間、以下の点にご注意ください:
シナイ山登頂は引き続き可能
良いニュースは、シナイ山への登山ルート自体は修道院の敷地外から始まるため、登頂は引き続き可能だということです。私たちが体験したような御来光登山や、ベドウィンガイドとの登山は継続できるはずです。山頂での感動的な体験は、今でも変わらず楽しめるでしょう。
修道院見学は完全に不可能
しかし、燃える柴の礼拝堂、聖なる柴、モーセの井戸といった修道院内部の聖地は抗議の間は当面見学できません。これは私たちの体験記で最も感動的な部分の一つでしたから、現在の旅行者にとっては大きな損失です。
情報収集は念入りに
状況は日々変化しています。出発前には必ず複数の情報源から最新情報を確認し、現地の旅行会社やガイドに問い合わせることを強くお勧めします。私たちが利用したレンタカーでのアクセス方法も、検問での対応が変わる可能性があります。
代替プランを用意しておく
修道院が見学できない分、シナイ半島の他の魅力(ダハブやラスモハメドでのダイビング、色とりどりの峡谷散策、ベドウィン文化体験など)に時間を割くことを検討してみてください。シナイ山登頂だけでも十分価値のある体験ですが、せっかくの旅行なので他の楽しみも見つけたいところです。
歴史的瞬間の目撃者として
もし今の時期にシナイを訪れることができれば、ある意味ではあなたは歴史的な転換点の目撃者となります。1400年の歴史で初めてとも言える修道院閉鎖という事態を、現地で肌で感じることができる貴重な体験になるかもしれません。
まとめ:宗教的自由への脅威と希望
私たちがシナイ山登頂と聖カタリナ修道院散策を楽しんだわずか数日後に、このような深刻な事態が発生していたとは本当に驚きです。1400年以上にわたってほとんど途切れることなく続いてきた修道生活が、今まさに存続の危機に直面しています。
この問題は単なる不動産争いではありません。宗教的自由と文化遺産をどう守るかという、現代社会の根本的な問題を提起しています。ユネスコ世界遺産であり、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教すべてにとって聖地である聖カタリナ修道院の未来に、世界中が注目しています。
しかし、シナイ山そのものの神聖さは変わりません。モーセが神から十戒を受けた聖なる山での御来光体験は、修道院の状況に関わらず、訪れる人々に深い感動を与え続けるでしょう。
これからシナイを訪れる方々には、この歴史的な状況を理解した上で、シナイ山登頂という貴重な体験を大切にしていただきたいと思います。そして、一日も早く修道院が再開され、完全なシナイ巡礼が可能になることを、共に祈りましょう。
参考記事