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香港の極限ミニマル宿泊体験 - 雑居マンション侵食型激安ホステルで過ごした1泊1,800円の夜

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香港といえば、世界一高い家賃と極小住居の都市である。棺桶サイズのカプセルハウス、数平米のケージハウス、そして悪名高き劏房(ソウボン:違法分割住居)。限られた空間を極限まで分割し、人間を詰め込む。それが香港の住宅事情だ。

そんな香港の住宅ミニマリズムを、旅行者として体験できる場所を発見した。いや、体験してしまった、と言うべきか。モンコクの繁華街ど真ん中、先施大厦という雑居ビルに巣食う萬達青年旅舍。一つのファミリー向けマンションルームを細分化し、その中に小部屋を作り、段ベッドを詰め込む。一部屋に20人近くを収容する。香港の住宅問題を凝縮したような、限界まで効率化されたホステルである。

今回は、そこで過ごした深夜3時から早朝5時までの記録を綴っていきたい。

先施大厦 - マンションを侵食するマイクロビジネスの巣窟

先施大厦は16階建ての雑居マンションである。モンスターマンションを思わせるコの字型の建物に、住居、店舗、得体の知れないマイクロビジネスが雑多に混在している。その中に、複数のホステルが紛れ込んでいる。いや、「紛れ込んでいる」というより「寄生している」という表現の方が正確かもしれない。

萬達青年旅舍は、そんなホステルの一つだ。特徴的なのは、複数フロアにまたがって部屋を展開していること。低層階にも、高層階にも部屋がある。まるでマンション全体を徐々に侵食していくかのような営業形態である。

一般住居、民宿、謎ビジネスのるつぼと化している

立地は文句なしだ。旺角の地下鉄駅から徒歩数分、深夜バスの停留所からも近い。この日、深夜便で香港に到着した私には最適の条件だった。そして価格は1泊1,800円。日程やOTAによって変動するが、香港中心部でこの価格は驚異的である。

深夜3時の謎解きチェックイン - 完全無人運営の洗礼

深夜3時過ぎ、先施大厦に到着した。しかし、どこでチェックインすればいいのか、一切わからない。予約確認メールを見直すと、「15階の部屋へ」とある。

エレベーターで指定フロアへ上がり、指定された部屋番号の前に立つ。だが、ドアには「307号室へ行け」との貼り紙。

何だこれは。脱出ゲームか。

疲労困憊の体を引きずって指示された部屋へ向かう。ドアには、色褪せた謎のアイドルの大判写真が貼られている。どう見ても怪しい雰囲気。本当にここがホステルなのか。不安が募る。

しばらくうろうろしていると、暗証番号でドアを解除して中に入っていく香港人おばちゃんの姿が見えた。一応、怪しいお店などではないらしい。

だが、中を覗いてもチェックインカウンターらしきものは見当たらない。フロアを歩き回ってみたが、スタッフの姿もない。

仕方なく、ドアに貼られていた電話番号に電話をかけた。すると流暢な英語で応答が返ってきた。どうやら完全無人運営で、遠隔でチェックイン対応をしているらしい。パスポート情報を伝えると、「OK、これからロック解除番号を教えるからメモしろ」と指示された。

そんなに複雑なのか。

香港式極限空間活用術

電話口から告げられた情報は以下の通りだった。

大部屋のルームナンバー&暗証番号

内側小部屋のルームナンバー&暗証番号

ベッド: 上段・右側

なるほど、仕組みが理解できた。彼らは一つのマンションルーム(おそらく元々はファミリー向けの2LDKか3LDK)の内部に、複数の小部屋を造作している。一つの小部屋は4畳程度。その中に段ベッドを設置し、一つのマンションルーム全体で20人近くを収容しているのだ。

これぞ香港式ミニマリズム。空間を極限まで細分化し、収益を最大化する。劏房のホステル版である。

全裸男との邂逅

大部屋のメインドアを開けると、中にさらに小部屋が。

指示通りに暗証番号を入力し、指定の大部屋のドアを開ける。中は共用スペースになっており、トイレットペーパー、タオルなどの備品が置かれている。

割り当てられた小部屋のドアを開けると、4人用の段ベッドが詰め込まれた4畳ほどのスペースが現れた。

こちらが小部屋の中の様子

すでに先客が2人いる。1人は上段のベッドで就寝中。もう1人はシャワーを浴びた直後なのか全裸で、水滴を滴らせながらタオルで体を拭いている。入った瞬間、目が合った。

彼は恥ずかしがる様子もなく、「Hi」と挨拶してきた。こちらも動揺を隠しつつ挨拶を返す。プライバシーという概念は、この空間には存在しない。

極小ベッドスペースの実態

割り当てられた上段ベッドに登る。ベッドサイズはシングルの半分程度。中国の寝台列車に慣れている身としては、さほど狭いとは感じない。天井までの空間も思ったより余裕がある。圧迫感はそれほどでもない。

設備は必要最低限である。掛け布団、枕、コンセント。それだけだ。バックパックは足元に押し込む形になる。

ベッドの頭上には、ビンテージ感あふれる窓用エアコンが設置されている。全裸男が「それ、動作音がめちゃくちゃうるさいから」と教えてくれた。蒸し暑い香港の夜だったので試しにスイッチを入れてみたが、うんともすんとも言わない。故障しているようだ。まあ、1,800円だ。文句は言えない。

爆音が出るらしい空調。故障していたのはある意味幸いか。

シャワーとトイレは小部屋の中にある模様(疲労が限界だったため確認せず、使わなかった)

香港人ルームメイトの事情

寝る準備をしながら、例の全裸男と少し会話した(滞在中、彼は服を着ることなく、なぜかずっと全裸で過ごしていた)。彼は香港人で、30代前半に見える。「家の都合で」数日間、ここに滞在しているという。詳しくは語らなかったが、その言葉の重みは伝わってきた。

香港では若者が独立して住居を借りることは経済的に極めて困難である。月収の大半が家賃に消える。実家暮らしを続けざるを得ない者も多い。家で何らかの問題があっても、逃げ場がない。そんな中、1泊1,800円でベッドとシャワーが使えるこの場所は、彼にとって一時的な避難所なのかもしれない。

消えない照明と2時間の仮眠

ベッドに横になる。問題が一つあった。部屋の照明が消えないのだ。照明の操作権は、実質的にベッド下段を使用している全裸男にあった。誰かが後から帰ってくる可能性もあるのだろう。小部屋は終始、蛍光灯の白い光に照らされたままだった。

仕方なくアイマスクを装着し、耳栓をする。

浅い眠りについた。深夜3時から早朝5時まで、2時間ほどだ。起床すると全裸男はまだスマホをいじっていた。彼に挨拶をし、荷物をまとめて小部屋を出た。メインゲートを出て、先施大厦の薄暗い廊下を歩く。エレベーターで1階へ降り、モンコクの早朝の街へ出た。

極限ミニマムな宿だったが、翌日への英気を養うには正直十分過ぎる環境だった。

まとめ - 誰のための宿なのか

プライバシーは皆無である。セキュリティも心もとない。快適さを求める者には向かない。だが、バックパッカーとして香港の現実を体感したい者、極限まで旅費を削りたい者、そして何より「香港らしさ」を求める者には、この上なく適している。

モンコクという最高立地で、屋根とベッドが2000円以下で手に入る。この価格で香港の住宅ミニマリズムを体験できる。一つのマンションルームに20人近くが押し込まれる空間。それは観光では中々見えない、香港の裏側である。

そして、あの全裸男のように、ここを一時的な居場所とする香港人たちがいる。彼らにとって、この極小空間は避難所であり、生活の場である。1泊1,800円は、旅行者にとっては格安だが、彼らにとっては真剣な選択なのだ。

コスパ旅行愛好家の皆様にも、是非時にはこういった激安ホステルを利用し、香港の深淵を覗いてみていただきたい。