仁愛沙灘で夕日を見届けた後、この日の宿がある津沙村へと向かった。距離にしてスクーターで数分の道のりだが、仁愛路沿いにはまだ面白い場所がある。道順に沿って紹介していきたい。なお鐵堡は夜に通りかかって閉まっていたため翌日以降に出直したもの、津沙村の全景も別日に撮影したものだが、順路上ここでまとめて紹介する。
仁愛路:海沿いの絶景道

仁愛村と津沙村を結ぶ仁愛路は、島のメイン幹線道路ではなく、海岸線に沿って走る脇道だ。路面は石畳風に整備されており、交通量も少ない。スクーターでゆっくり走ると、風と潮の匂いが直接届いてくる。
滞在中、この道を何度も走った。朝は朝日が海面を照らし、夕方は傾いた光が岩礁を赤く染める。同じ道でも時間帯によって表情がかなり違う。効率より少し優先して走る価値がある道だと思う。
鐵堡(南竿51據點):岩礁にせり出す海上要塞

仁愛路を走っていると、海に向かって細長く突き出した岬の先に何かが見えてくる。緑色の手すりが続く階段を下りていくと辿り着くのは、岩礁の上に築かれた軍事要塞――鐵堡、南竿51據點だ。

要塞全体は迷彩塗装で覆われており、三方を海に囲まれた岩礁の先端に位置している。屋上の円形砲台跡からはそのまま台湾海峡が広がり、内部への入口は小さく、背をかがめて入ると監視室・生活区画・トイレ(「原有廁所」という標識付きで保存されている)・銃眼が続く。

内部の保存状態は良く、当時の様子がかなりよく分かる。入場できる時間帯が決まっており夕方以降は閉鎖されるので、昼間に訪れること。初日の夜は閉まっていて入れず、翌日出直したのだが、来た甲斐は十分あった。
53洄藝據點(南竿53據點):偶然の個展と地下坑道

仁愛路を少し西へ進んだあたり、左に逸れる細い脇道がある。奥へ進んでいくと、建物に灯りがともっているのに気がついた。

53洄藝據點。普段は藍染体験や読書スペース、海洋講座などを行う場所として活用されている旧軍施設で、外壁のコンクリートは経年でまだら模様になっている。

敷地内の砲台跡の形がグランドピアノに見えると評判で、言われてみると確かにそう見える。建物の脇に展覧会の看板が立てかけられていた。何だろうと思ってスクーターを止め、ギャラリーの方へ歩いていくと、外にいた人がこちらに気づいてわざわざ戻ってきて声をかけてくれた。

南竿出身の若手アーティストで、私とほぼ同い年くらいだった。中に入ると、彼女の念願の初個展が開かれていた。南竿で生まれ育ち、芸術を学んだ後、独自のクリエイティブスタイルを確立し、初めて個展を開いたのだという。作品についても丁寧に解説してくれた。
しばらく話し込んでいると、「地下にも見せたいものがあるので」と案内してくれた。

ギャラリーの脇に小さな入口があり、岩を刳り貫いた急な階段を下りると地下坑道に出る。照明はなく、手持ちのライトで照らしながら進む。いくつかの小部屋には彼女の作品が飾られており、坑道内というロケーションも含めて実験的なインスタレーションとして完成されていた。

坑道を奥へ進むと、崖に面した砲台跡のような空間に出た。銃眼の外には、沈んだ直後の空がまだかろうじてオレンジと赤を残しており、それが暗い坑道の穴から正方形に切り取られて見えている。

暗い室内側から見るからこそ、外の光が際立つ。夕日の後の短い時間帯にだけ見られる景色で、ちょうどいい時間に来られたのは偶然の産物だった。

壁面には海岸の絵が描かれていた。これはただのアートではない。もともとこういった坑道の壁には、兵士の方向感覚を助けるために地図が描かれていたそうで、ここにある絵もその地図の代わりとして設置されたものだという。ライトに照らされてぼんやりと浮かび上がる絵と、岩肌の凹凸が交じり合って、独特の見え方をしていた。
思いがけない出会いに感謝しながら地上に戻り、彼女に礼を言ってスクーターに乗った。
津沙村へ:坂の途中で足を止める
53據點からスクーターで3分ほど走ると津沙村だ。最後にかなりの急坂を下りて村に入る形となる。

ただ、その坂を下りきる前に一度スクーターを路肩に止めた。坂の途中から村の全体が見下ろせる場所があり、そこからの眺めがいい。住宅地の細道に入り込んでいくと、石造りの家々が斜面にびっしりと張り付いているのが見える。

プロヴァンスの鷲ノ巣村、たとえばゴルドやレ・ボー=ド=プロヴァンスのような、断崖に張り付く石造りの集落を彷彿とさせる風景だ。石畳の小径が家と家の間を縫い、路地の奥から海が見える。

津沙村が南竿で最も景観が美しい聚落と言われる理由は、坂の途中から村を見下ろしたときにこそ実感できる。赤茶色のテラコッタ瓦の屋根が段々と重なりながら海へと向かって降りていき、眼下に小さな砂浜と防波堤、その先に海が開ける。海岸には使われなくなったトーチカがいくつか並ぶ。

観光地然としていない静けさがあり、それがこの村の一番の魅力だと思う。津沙村の滞在については次回の記事でもう少し詳しく紹介したい。
この夜は暗くなっていたのでシルエット越しだったが、それはそれで悪くなかった。昼間や夕暮れ時に見るとまた格別で、それは別日に確認できた。
そのまま坂を下りて津沙村へ。村に着くと、石造りの家々に黄色い灯りが溢れていた。
まとめ
仁愛路沿いの鐵堡、偶然立ち寄った53據點の個展と地下坑道、そして津沙村。この南竿の南西エリア、仁愛村から津沙村までの道こそが、個人的には最も味わい深い区間だと思う。
次回は津沙村の滞在と、北西方面への旅をレポートする。