前回は仁愛沙灘の夕日から始まり、偶然立ち寄った53洄藝據點で南竿出身の若手アーティストの初個展と地下坑道の展示に出会い、夜の津沙村へたどり着いた。
今回はその翌朝から。島の西岸を北上しながら一周を完成させる。馬港聚落で腹ごしらえをして、媽祖巨神像へ、そして最北端まで一気に駆け抜けた記録をお届けする。
津沙村について
せっかくなので、拠点にしていた津沙村について少し触れておきたい。

津沙村は南竿島の西端に位置する小さな漁村で、南竿で中国大陸に最も近い聚落でもある。石積みの家々が斜面にびっしりと張り付き、赤茶色のテラコッタ瓦の屋根が段々と重なりながら海へと向かって降りていく。

眼下には小さな砂浜と防波堤、その先に台湾海峡が広がる。プロヴァンスのエズやゴルドといった断崖上の石造り集落に例えられることがあり、確かに言い得て妙だと思う。村の信仰の中心である津沙天后宮には、馬祖で唯一の「黒面媽祖」が祀られているのも特徴だ。保存状態の良い石造りの古民家が残り、近年は空き家に新しい命が吹き込まれつつある。
滞在レポートは別記事でじっくり書く予定なので、今回はここまでにしておく。

津沙村を出てスクーターで西岸の道を北上していく。南竿の西側は比較的なだらかな区間もあるが、島の地形上、坂の連続は避けられない。しばらく走って坂を登りきり、下り始めたとき、木々の間に白い像が見えた。
遠くからでも分かるほど大きい。あれが今日の目的地のひとつ、媽祖巨神像だ。坂道の先に海と島と女神像が同時に収まる、なかなか絵になる光景だった。
馬港:かつての航運の中心と商店街

坂を下りきると馬港聚落に入る。馬港はかつて南竿の航運の中心として機能していた港町で、現在は主要港の役割こそ福澳港に移っているものの、商船が着岸する港として今も使われている。

港の前には「馬祖」と刻まれた白いオベリスク状の石碑、馬祖劍碑が立ち、周囲には台湾国旗がずらりと並んでいる。かつて徴兵で馬祖に渡ってきた兵士たちが、上陸してまず目にしたのがこの碑だったという。


聚落の中心には商店街が伸びており、飲食店、土産物屋、日用品店などが軒を連ねている。もともとは上陸した兵士たちの需要に応えて形成された商業エリアで、今も迷彩グッズや軍払い下げ品を扱う店が混じっているあたりが馬祖らしい。

南竿の聚落の中では生活機能が比較的充実しており、コンビニやコインランドリーもある。

まずは腹ごしらえ。商店街の食堂に入り、老酒麺線を注文した。馬祖の名産・老酒を使ったスープに細い麺線が入った一品で、スープを口に含むと老酒のツーンとした発酵感と、ほんのり酸味のある独特の風味が広がる。アルコール感もしっかりある。店の人に「これ飲酒運転にならない?」と聞いたら、「少しだから大丈夫」とのことだったが、念のためスクーターを置いてしばらく徒歩で散策することにした。
馬祖境天后宮

商店街を歩いていると、馬祖境天后宮がある。媽祖林默娘が埋葬されたと伝わる場所で、馬港エリアの信仰の中心だ。

内部は極彩色の彫刻と金箔で覆われた豪華な造りで、天井の組み木細工は幾層にも重なり、朱色と金色が混じり合う空間は圧迫感があるほど密度が高い。

せっかくなのでおみくじを引いてみた。筒を振って棒を一本落とし、番号に対応する紙を受け取る台湾式のもので、第四十六籤、「功名得位與君顯、前途富貴喜安然、若遇一輪明月照、十五圓圓照滿天」と書かれていた。まずまずの内容らしい。
媽祖巨神像
馬港の聚落中心から少し北西に進むと、媽祖巨神像のエリアに入る。

まずここで少し背景を説明したい。馬祖という地名は、媽祖(マーズ)信仰に由来するとされている。媽祖とは中国沿海部や台湾で広く信仰される海の女神で、宋代の福建省に実在した林默娘という女性がその起源とされる。彼女は航海者を守る力を持つとして信仰され、神格化された。馬祖列島はかつてこの媽祖の遺骨が流れ着いた地とも伝わっており、島の名前もそこから来ているとされる。媽祖信仰の聖地として、この巨神像が建立されたわけだ。

展望台へのアプローチが意外とモダンだった。鉄骨のフレームが組まれた構造物で、美術館の展示空間のような洗練された印象がある。その中を抜けると広い広場に出て、そこに像が立っている。

見上げると、思っていた以上にデカい。高さは約29メートルで、台座を含めるとさらに高い。花崗岩製で全体が白みがかったクリーム色をしており、精緻な衣の彫刻が施されている。この手の巨大像は荒削りになりがちだが、媽祖巨神像は肌の質感に張りがあり可愛らしい。
像の周囲からは海が一望でき、眼下に芙蓉澳の湾と砂浜が広がる。対岸の丘陵と入り組んだ海岸線が、なかなかいい眺めだ。
最北端へ:花に埋もれた軍事遺構
媽祖巨神像を後にし、芙蓉澳という小さな聚落を左手に見ながらさらにスクーターを北へ飛ばす。道はどんどん細くなり、人の気配も薄くなってくる。

最北端のエリア、南竿80據點はGoogleマップに詳しい情報がなく、道なりに進むしかないが、それほど迷わずたどり着ける。
付近まで着いてみると、先客がいた。車で来た地元の人たちが数人、釣り竿を準備していた。「日本から来たんですよ」と話しかけると、「これ全部日本製の釣り具なんだよ」とニコニコしながら見せてくれた。彼らは據點には入らず、近くの釣り場へと去って行った。

軍事遺構は崖の端に残っている。地面から地下に潜り込むような構造の施設があり、コンクリートの壁には迷彩塗装が施されている。

地上には丸い金属製の蓋が2機、地面に埋め込まれた状態で残っていた。

潜望鏡を差し込んで海を監視するための装置だったようで、蓋を持ち上げると中は空洞になっている。かつて何らかの光学機器が設置されていたのだろう。
崖の周辺には紫や白の小さな野草の花が一面に咲いていた。海峡を監視するために築かれた施設が、今は花に埋もれている。一旦の平和を迎え、軍事施設がその役目を終えたことを象徴するかのうような、平和な絵面だ。

大陸側を見ると、霞の向こうに中国本土の山と、風力発電の風車がはっきり見えた。距離にして2〜3キロ程度だろうか。こんなに近いのかと改めて驚く。
まとめ
島の北西側は観光客が特に少ないエリアだが、馬港の商店街と老酒麺線、媽祖巨神像の迫力、そして最北端の軍事遺構、などと見所は多い。特に、南竿80據點は情報が少ないスポットだが、島の果てまで来た感覚と、対岸が間近に見える景色は印象に残る。
次回は北岸を東に回りながら、いよいよ南竿一周を完成させる。