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【乗車編】ウズベキスタン鉄道を攻略しよう:寝台列車内の様子や過ごし方・感想について徹底解説

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前編では公式アプリと12Goを使ったチケット予約の方法を紹介した。30日前の解禁日に競争を勝ち抜き、あるいはキャンセル待ちを粘り強く拾い、なんとか手に入れた一枚の電子チケット。アプリに表示されるQRコードが、ウズベキスタンの鉄道旅への入場券だ。

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今回の旅ではタシュケント〜サマルカンド間、サマルカンド〜ブハラ間と、座席指定の列車をすでに経験していた。Afrosiyobや快速列車は清潔で快適で、乗客の顔も国際色が混じっていた。それと今回の056Ч便がどれほど違うか——ブハラ発ヒヴァ行きの3等寝台は、ウズベキスタン鉄道のもう一つの顔だ。

出発は早朝5時42分。ブハラの旧市街から砂漠を抜け、ウルゲンチを経由してヒヴァに至る約6時間の行程だ。ブハラからヒヴァへ自力で鉄道移動するとなると、実質この便一択に近い。ブハラ発の列車は中途半端な時間帯の便しかなく、深夜から夜明け前にかけていかに時間を潰すかはそれだけで別の話になる——それはまた別の記事で書くとして、今回はその先、乗車してからのレポートだ。

ブハラ駅、夜明け前

出発時刻の少し前にブハラ駅へ向かった。夜の闇の中に「BUXORO VOKZAL」の青いネオンが浮かび上がり、アーチ型の白い駅舎がライトアップされている。ソ連建築の骨格にイスラム装飾を重ねたような外観で、中央アジアの駅にしばしば見られるスタイルだ。

構内に入ると正面の発車案内板には深夜から早朝にかけての列車がずらりと並ぶ。タシュケント行き、アンディジャン行き、ウルゲンチ行き——時計は04:57を指していた。案内板の下には「訪問台」の中国語表記も混じっており、少し意外だった。

しかし列車は定時には来なかった。結局30分ほど遅れ、ホームに車両が入ってきたのは6時近くになってからだ。ウズベキスタン鉄道では遅延はある程度織り込み済みで、早朝便でも例外ではない。後続の移動に接続がある場合は、余裕を持たせた計画を立てておくべきだろう。

待ち時間に駅構内の売店を覗いてみると、なかなかカオスな品揃えだった。ドシラクのカップ麺、ゆで卵、Red Bull、三ツ矢サイダー、メキシコのJumexジュース——中央アジアの売店らしい無国籍感だ。長距離乗車の前に食料を調達しておくなら、このタイミングが最後のチャンスになる。

いざ乗車

ようやく入線してきた列車に乗り込む。車体は青と白のツートン。ホームには複数の列車が並んでおり、チケットに記載された車両番号(CAR)を確認しながら歩く。車両番号は扉の近くに大きく書かれているので、暗い中でも見つけやすい。

3等寝台車に足を踏み入れると、すでに車内はほぼ埋まっていた。056Ч便はタシュケント南発で、ブハラは途中停車駅に過ぎない。タシュケントやサマルカンドから乗り続けてきた乗客が先に席を占めており、この時点でほぼ満席の状態だ。前編で「人気便は解禁と同時にダッシュせよ」と書いた理由が、この光景を見てより実感できた。

乗客のほとんどはウズベク人だ。外国人旅行者は体感で10%にも満たない。タシュケント〜サマルカンド間のAfrosiyobや快速列車には欧米系や日本人の姿もちらほら見えたが、この列車は完全に地元の足だ。英語での案内は期待しないほうがいい。

車内の構造——中国の寝台列車に強烈な既視感

時系列が前後するが、こちらは下車直前に撮影した写真

3等寝台車(ロシア語でプラツカルト)に入った瞬間、中国の硬臥の空気を強烈に思い出した。かつて寝台列車に乗って敦煌へ向かったときの記憶が、ほぼそのままよみがえってくる。

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通路を挟んで両側にベッドが開放的に並ぶ構造で、プライバシーはほぼない。隣の乗客の寝顔が視界に入り、こちらの寝顔も等しく晒される。それがこの車両のルールだ。

レイアウトは大きく2種類ある。窓側には4人向かい合わせのボックス席があり、上下2段のベッドが向き合う形で配置されている。ベッドとベッドの間には小さなテーブルがあり、ティーポットが1つ置かれている。通路を挟んだ反対側は2人掛けの上下2段で、こちらは下車が近づくとベッドを折りたたんで座席の形に戻す仕組みになっている。窓側の4人ボックスはベッドのまま変わらない。

折りたたんだ状態の2名掛け席

中国の硬臥が3段ベッドなのに対し、ウズベク鉄道は2段で、一番上は荷物棚になっている。下段は座ったまま窓の外を眺めることができ、テーブルも使いやすい。上段の人がテーブルを使いたければ一度下に降りてくる必要がある。4人ボックスはファミリーや知り合い同士のグループが占めがちで、一人旅なら通路側の2人掛けのほうが余計な気遣いが少なくて済むかもしれない。

各ベッドにはUSBコンセントと読書灯が備わっている。故障しているのか、残念ながらUSBコンセントは機能していなかった。

肝心の睡眠問題・・・2時間しか眠れなかった

乗り込んだ時点でまだ暗く、「6時間弱の乗車、どうせなら寝て移動時間を有効活用しよう」と思っていた。ところが意外と早く夜が明ける。明るくなり始めると周囲の乗客が一斉に活動を始め、車内の騒音レベルは一気に上がる。子どもの声、袋をがさごそする音、携帯の動画音声——まともに眠れたのは結局2時間ほどだった。

早朝便だからといって静かな移動を期待しすぎないほうがいい。耳栓やアイマスクを持参すると多少ましになる。

朝になると車内は活気に満ちる

明るくなると乗客たちは持参した食べ物を広げ始める。最も目立つのがカップ麺のドシラクだ。ロシア語圏でお馴染みのこのインスタント麺は中央アジアでも広く普及しており、車内のどこかでお湯を調達してきた乗客が次々と湯を注いでいる。テーブルのティーポットにはお茶が注がれ、輪になって話しながら食べるグループもいる。ビスケットやリングパン、お茶を並べて賑やかに食事をとっている人もいた。車内はにわかに食堂のような空気になった。

車内販売は限定的で、食堂車もない。乗車前の調達が基本だ。自分はハルワや行動食を持ち込んでいたので飢えずに済んだが、手ぶらで乗り込むのは避けたほうがいい。駅の売店で何か買っておくか、宿を出る前にナンやお菓子を用意しておくのが無難だ。

ところで、乗客を観察していると、白いシーツを持ち込んでいる人とそうでない人に分かれていることに気づく。備え付けのリネンへの接触を避けるためか、自前のシーツを敷いて使っている人が一定数いる。衛生面が気になるなら自分で用意していくと安心だ。

ちなみにトイレはしっかり備わっており、意外にも清潔感は高かった

終点が近づくにつれ静まる車内

列車はブハラを出て西へ向かい、砂漠地帯に入る。窓の外は茶色い荒野が延々と続き、中央アジアの内陸の広大さをひしひしと感じる。途中、農地が現れ、集落の屋根が点在し始めるとウルゲンチが近い。

ウルゲンチはヒヴァの隣に位置する都市で、乗っていた乗客の大半はここで下車し、満員だった車内は一気に閑散とした。ヒヴァまで乗り続ける人間は少数派だった。各乗客は自分のスペースをきれいに片付けてから降りていく。この几帳面さは、どこかほっとさせる光景だった。

そして最終的には定刻ほぼぽったりで、列車はヒヴァ駅に到着した。近代的なガラス張りの駅舎に「XIVA VOKZAL」の文字。外に出ると青空の下、遠くにモスクのミナレットが見える。約6時間の移動が終わり、ここからイチャン・カラ(旧市街)の城壁へと向かう時間だ。

まとめ

遅延、開放型の車内、持ち込み食、2時間しか眠れない早朝——旅慣れない人にとって、3等寝台は快適な乗り物とは言えない。プライバシーはなく、食事は自己調達で、眠れる保証もない。タシュケント〜サマルカンド間やサマルカンド〜ブハラ間の快速列車と比べると、別の乗り物かと思うほど雰囲気が違う。

それでもこのルートを鉄道で乗り通すことをすすめたい理由がある。まず純粋にコスパがいい。157,100スムという運賃は日本円で2,000円前後に過ぎず、ブハラからヒヴァまで6時間をカバーする移動手段としては破格だ。タクシーをチャーターすればプライバシー面では快適だが、費用と所要時間は数倍になる。

そして車窓だ。ブハラを出て砂漠に入り、荒野が広がり、やがてヒヴァが近づくにつれて景色が変わっていく様子は、この移動を旅の記憶の一部にしてくれる。快適さより体験、そしてコスパを優先するなら、3等寝台は間違いなくその価値を提供してくれる。また、プライバシーと睡眠の質を重視するなら2等寝台(クーペ)以上を選ぶのが正解だが、ウズベキスタンの鉄道旅の素の姿を知りたいなら、一度3等に乗ってみる価値はあるだろう。