旅のタイミングというのは面白い。今回ブハラを訪れたのが2026年3月20日——ウズベキスタンでラマダン・ハイイット(Ramadan Hayit)、すなわちイード・アル=フィトルが祝われる当日だった。ラマダン(断食月)が明け、ムスリムたちが喜びとともに新たな一日を迎える、イスラム暦で最も大切な祝祭のひとつだ。
私はムスリムではない。しかし、せっかくその日にブハラにいるのなら、現地の熱狂をできる限り肌で感じてみたいと思った。
ウズベキスタンのイスラムは、緩くて、熱い

ウズベキスタンのイスラムは、中東のそれとは少し異なる。ソビエト時代の影響もあり、飲酒する人も多く、女性がヴェールをまとう姿も一般的ではない。全体的に世俗的でゆるやかな信仰スタイルだ。
しかしラマダンの断食については、きちんと実践している人が相当数いる。特にブハラは歴史的にイスラムの学術都市として栄えた街で、信仰の根が深い。そしてラマダンが明けたイードの日の熱狂は、日頃の穏やかさとは別次元だ。街全体が解放感と喜びに包まれ、人々の顔が違って見える。
情報がない。とにかく動くしかない
問題は、イードに関するイベント情報がほぼ見当たらないことだ。どのモスクで何時から祈りが行われるのか、観光客が参加や見学できるのか——ネットをいくら調べても具体的な情報は出てこない。
頼ったのは泊まっていたゲストハウスのオーナーだ。「カラーン・モスクとか大きなモスクに、朝みんな祈りに行くんじゃないか」という情報をもらった。手がかりはそれだけだ。
なお、ウズベキスタンのイードの祈りは通常の礼拝とは異なる特別なサイクルで、日の出時間に合わせて国の宗教機関が地方ごとに時刻を事前にアナウンスする。ブハラ州はナボイ・カシュカダリャ・スルハンダリャ各州と同じく7時05分と発表されていた。逆算して、早起きの準備を整えた。
カラーン・モスクへ——しかし入れず

夜明け前に起き出し、静まり返った旧市街の路地を歩いてカラーン・モスクへ向かった。しかし正面の門は閉まっている。裏手に回ると、大勢のムスリムが続々と裏門から中に入っていく。その流れに乗ろうとしたが、明らかに入ってはいけない雰囲気がある。

警備の人に聞いてみた。観光客は8時からしか入れないという。
熱狂の中心には入れなかった。しかし、あきらめるには早い。
ボロハウズ・モスクへ——間に合った
すぐに切り替えて、もうひとつの大きなモスクであるボロハウズ・モスクへ急いだ。

敷地に入ると、その光景に圧倒された。モスクの建物そのものはすでにムスリムで埋め尽くされており、入る隙間もない。敷地の広場から、池のほとりにまで、数え切れないほどの人々が集まっている。

それぞれ持参したプレイヤーマット(礼拝用の敷物)を地面に広げ、静かに祈りの準備を整えている。白い祈祷帽(ドッピ)の点描が広場を埋め尽くし、まるで大きな息をする生き物のように見えた。池の水面にはモスクの姿が映り込んでいた。定刻まであとわずかだった。
私もその最後列に続いた。プレイヤーマットは持っていなかったので、着ていたジャケットを脱いで代わりに地面に敷いた。

アザーン(礼拝の呼びかけ)が響いた瞬間、何千人というムスリムが一斉に祈りを始めた。私はムスリムではないし、礼拝の作法も知らない。それでも最後列で、周囲の動きを見よう見まねで体を動かしながら、その場の空気の中に身を置いた。
祈りの後の光景——これが見たかった
祈りが終わった瞬間、空気が変わった。

「イード・ムバラク(Eid Mubarak)!」——祝福の言葉が飛び交い、ムスリム同士が抱き合い始めた。旧友同士か、見知らぬ人同士か。男たちが肩を抱き、感情をあらわにしながら祝福を伝え合っている。その光景の美しさに、しばらく言葉が出なかった。

私はあくまで部外者だ。しかしその熱狂的で、感情的で、純粋に喜びにあふれた光景を目の当たりにして、ただ感動するばかりだった。

なお、モスクの裏手では大きなテントが張られ、長テーブルに人々が座って食事を囲んでいた。コーラの瓶と水のペットボトルが整然と並び、ラマダン明けの食事を静かに味わっている。この後プロフがふるまわれるようだったが、部外者としての節度を保って、ちらりと眺めるだけにしておいた。
カラーン・モスク裏の広場へ——祝祭の朝

その後、カラーン・モスク裏手の広場に向かってみた。祈りを終えた大勢の人々がモスクから出てきており、広場は一気に賑やかな祝祭の場になっていた。

広場の中央に置かれたベンチには、真っ赤な風船の束が無造作に縛り付けられていた。その赤が朝日を透かして燃えるように光り、背後には青いタイルのドームが夜明けの空に浮かんでいる。

屋台のリヤカーには揚げたての魚やチキン、菓子が山と積まれ、人々が立ち止まっては何かを買い、笑い合いながら歩いていく。自転車に乗った女性、電動カートで乗り入れてくる業者、走り回る子どもたち。ラマダン・ハイイットはウズベキスタン全体で3日間続く祝日であり、人々は親戚を訪ね、手作りのお菓子を近所に配る。広場に溢れる喜びは、その最初の朝の解放感そのものだった。

まとめ——旅のタイミングは、時に奇跡をくれる
イードの当日にブハラにいたのは偶然だった。しかしその偶然が、今回の旅で最も印象深い体験のひとつになった。
情報がなくても、計画が崩れても、動き続ければ何かに辿り着く。カラーン・モスクに入れなかったことも、ジャケットを敷いて礼拝の真似をしたことも、振り返れば全部この旅の一部だ。
ムスリムでなくても、イスラムの文化に深い知識がなくても、イードの熱狂は伝わる。ブハラを旅するなら、もしタイミングが合うならば、ぜひこの祝祭の空気の中に飛び込んでみてほしい。