旅先でのホテル選びに、あなたはどれだけ時間をかけるだろうか。せっかく遠くまで来たのなら、その土地でしか泊まれない場所に泊まってみたいと思うのもまた、旅の醍醐味のひとつではないだろうか。
ヒヴァでその選択肢として真っ先に浮かぶのが、マドラサ(神学校)への宿泊だ。観光地として保存された歴史的建造物の中に泊まれる——それだけで、旅の記憶としての密度がまるで違う。今回は、実際に歴史的なマドラサの中に宿泊した体験をもとに、レポートを綴る。
マドラサとは何か

マドラサ(あるいは、メドレセ)とはイスラム世界における伝統的な高等教育機関、つまり神学校のことだ。コーランの解釈や法学、神学といったイスラムの学問を中心に教え、学生たちは敷地内の小部屋(フジュラ)に住み込みながら学ぶスタイルが一般的だった。中央アジアでは14〜19世紀にかけて多数のマドラサが建設され、サマルカンドやブハラ、そしてヒヴァに現存する豪華なタイル装飾を持つ建物群がその代表格だ。
現在ではその多くが博物館や土産物店、そして一部はホテルとして転用されている。歴史的建造物をそのまま活かした宿泊施設として、旅行者の間でも人気が高まっている。
ヒヴァで泊まれるマドラサ
ヒヴァの旧市街イチャン・カラには、現在もいくつかのマドラサが宿泊施設として利用できる。

中でも最も有名なのがMuhammad Amin Xon Madrasasi(ムハンマド・アミン・ハン・マドラサ)だ。ヒヴァ最大のマドラサであり、あの未完のミナレット「カルタ・ミノル」が隣接していることでも知られている。イチャン・カラの西門を入ってすぐという抜群の立地で、ヒヴァのアイコン的存在だ。実際に昼間に訪れてみると、観光客がひっきりなしに出入りし、土産物屋が軒を連ね、なかなかの賑わいだった。

実は当初、筆者もここに泊まろうとしていた。ところが予約の際に間違えて別のマドラサを取ってしまった。それが今回紹介するMadrassah Mohammed Rakhim Khanだ。最初は「しまった」と思ったのだが、蓋を開けてみると、結果的にこれが大正解だった。
Madrassah Mohammed Rakhim Khanとは

Madrassah Mohammed Rakhim Khan(Muhammad Rahim Khanなどとも)は1871年に着工され、1876年に完成した。発注したのはヒヴァ・ハン国の君主ムハンマド・ラヒム・ハン2世で、クフナ・アルク(旧城塞)の真向かいという旧市街の中心部に位置している。FERUZKHAN HOTELというホテル名でも知られる。
建設された時期は、ロシア帝国がヒヴァを保護国化する直前(1873年)という微妙なタイミングだ。時代の変わり目を生きた君主らしく、このマドラサでは伝統的なイスラム神学だけでなく、天文学・地理学・数学といった世俗的な学問も教えられていたという。
建物は中央の中庭を囲む2階建ての構造で、4つのイワン(アーチ型の玄関空間)と76のフジュラ(学生用小部屋)を備える様が、航空写真からも見て取れる。現在は表側は博物館としても機能しており、ヒヴァ・ハン国の歴史とムハンマド・ラヒム・ハンにまつわる展示が行われている。
滞在レポート
裏口から入る、宿泊者だけの特権

一般の観光客はマドラサの表側の入口から博物館へと入る。しかし宿泊客の入口は別だ。建物の裏手に回ると、レンガ造りの壁に「Feruzkhan Hotel」と書かれた小さな木製の看板が掲げられた入口がある。ランタン型の灯りに照らされた路地の入口は、知らなければ通り過ぎてしまいそうなほど目立たない。しかしここが、宿泊者にだけ許された専用の玄関だ。

そしてここに、この宿の最大の特権がある。マドラサの中心にある大きな中庭へのアクセスは、この裏口からしかできない。一般観光客がいくら表から入っても、この空間には辿り着けない。宿泊者だけが、この中庭を独占できる。

客室——150年前の扉の奥に
チェックインを済ませ、スタッフに部屋へ案内してもらう。中庭に面した客室の入口は、彫刻が施された重厚な両開きの木製扉だ。1871年から変わらぬ佇まいのまま、今は客室の扉として機能しているのだから、なんとも不思議な感覚だ。

この古い扉の奥には、さらにオートロックの現代的なドアが設けられている。歴史と実用性が同居した、このホテルらしい二重構造だ。

内扉を開けると、かつて神学生たちが暮らしたフジュラの空間がそのまま客室になっている。天井はゆるやかなドーム型で、白く塗られた壁にはアーチ型の窪みが左右に設けられている。床には色鮮やかなキリム絨毯が敷かれ、壁からはウズベキスタンの伝統的なイカット織りの布が斜めに垂れ下がっている。現代的なホテルの均一な内装とはまったく異なる、手作り感と歴史感が同居した空間だ。
写真を撮り忘れたが、奥にはバスタブ付きのユニットバスルームも完備。お湯が出るまで少し時間がかかるものの、旅の途中でバスタブに浸かれるのは純粋に嬉しい。
中庭——貸し切りの荘厳な空間

チェックインを終えて中庭に出ると、その広さと静けさに思わず息をのんだ。青タイルで縁取られたアーチが四方を囲み、石畳の広場の一角にはテラス席が設けられ、レストラン・バーの機能も担っている。観光地のど真ん中にいるとは思えない静けさだ。

翌朝の朝食は、この中庭のテラス席でいただいた。ビュッフェ台にはドライフルーツ、クルミ、干し柿、レーズン、各種ジャムといった中央アジアらしい食材がずらりと並ぶ。卵料理、クレープ、ハムにトマト、ザクロ——プレートに盛り付けると、なかなかの充実ぶりだ。
この日はホテルを通じて、朝早くからアヤズ・カラ方面へのツアーを手配していたのだが、通常8時からの朝食を7時半に繰り上げてもらえることになった。彼らの柔軟なホスピタリティには常々感謝している。

少し肌寒い朝だったが、せっかくなのでテラス席を選んだ。荘厳なマドラサの中庭を眺めながら、紅茶とともに朝食をとる——この旅でも特別な時間のひとつになった。
間違えてこっちにして、正解だった
ここにたどり着くまでは「あの有名なマドラサじゃなかった、間違えて」と思っていた。しかし実際に泊まってみると、こちらで大正解だったと感じている。

昼間にMuhammad Amin Xon Madrasasiを訪れてみると、その差は一目瞭然だった。観光客がひっきりなしに出入りし、客室フロアにも外部の人が自由に行き来できるような構造になっていたのである。プライバシーの面では、かなり厳しい環境だ。そもそも、マドラサの建物を見たければ外部者として普通に入場できるのだから、わざわざ泊まる意味が薄れてしまう。

一方、今回泊まったMadrassah Mohammed Rakhim Khanは知名度が相対的に低く、中庭へのアクセスも裏口の宿泊客専用入口からのみ。外部の人がほとんど入ってこない。宿泊客がこの空間をほぼ独占できる構造になっている。
さらに、ホテルとしての規模が小さいため他のゲストも少ない。この日に至っては、滞在中に他の宿泊客と一度も顔を合わせなかった。1871年建造の荘厳なマドラサを、文字通り貸し切り状態で独り占めした一夜だった。ここに泊まらなければできなかった体験が、確かにそこにあった。
ちなみに、価格も一泊朝食付き6,000円程度という破格で利用することができた。Muhammad Amin Xon Madrasasiが1泊10,000円程度であったことを考えると、コスパの点でもMohammed Rakhim Khanのほうが優れていたと言える。
まとめ
ヒヴァに泊まるなら、ぜひマドラサ泊を検討してほしい。そして、せっかく泊まるなら、有名どころより一歩引いたMadrassah Mohammed Rakhim Khanのほうが、宿泊体験としての満足度は高いかもしれない、と個人的にはおすすめしたい。
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静かな中庭、古い扉、神学生たちが暮らした部屋、豪華な朝食——歴史の中に泊まるという感覚を純粋に味わいたいなら、ここはかなりいい選択肢だ。