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トプラクカラ・キジルカラへ行ってみた | カラカルパクスタン・カラ巡り③【ウズベキスタン】

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アヤズカラの余韻を引きずりながら、車に乗り込んだ。次の目的地はトプラクカラ。丘の上の城塞から、今度は平原に広がる宮殿都市の跡へ。同じ「カラ」でも、まったく違う顔を持つ場所だ。

トプラクカラ——白い塩の平原に沈んだ都市

トプラクカラはアヤズカラとはまったく異なる種類の遺跡だ。丘の上にそびえる城塞ではなく、平地に広がる宮殿都市の跡である。スルタン・ウイズ・ダグ山脈の丘の麓に位置し、古代には周囲をアムダリア川の支流から引いた水路が囲んでいたとされる。1〜3世紀に栄えたクシャーナ朝の時代のもので、3世紀にはここに首都が置かれていた。1938年にソビエト時代の考古学者によって発掘され、壁画や陶器、葡萄畑の痕跡まで確認されているという。

車を降りて遺跡の敷地に近づくと、まず目に入るのはその広さだ。アヤズカラ1が丘の頂上に凝縮されていたのに対し、トプラクカラは地平線まで続くような広がりを持つ。城壁の高さは最大で8〜9メートルほどで、防御用の壁面には矢狭間が規則的に並んでいる。

内部に足を踏み入れると、風雨で削られた日干しレンガの壁が迷路のように続いている。かつて工場や作業場、居住スペースとして使われていた区画が、低い壁の連なりとして今も地面に刻まれており、俯瞰すると碁盤の目のような構造が浮かび上がる。

そのレンガの表面をよく見ると、無数の小さな孔が空いている。鳥が巣を作った跡か、虫が食うた跡か。いずれにせよ、何らかの生物が2000年前の壁を住処にしているようだ。

観光客がぽつりぽつりと思い思いの方向に散らばっていく。この日来ていたのはヨーロッパ人のファミリーが一組と、地元のおにーちゃんたちが一組。広さがあるのでお互い気にならない。

水路と、塩の浮き出る耕地

城壁の上に出ると、視界が一気に開けた。眼下に広がる平原に、白が目に飛び込んでくる。塩だ。

このあたりは地面一面に塩が析出していて、乾燥した砂漠の茶色の中に白が斑状に浮かんでいる。アラル海の縮小によって塩分濃度が上がった土壌が、地表に塩を押し出しているのだろうか?

遠くにはスルタン・ウイズ・ダグ山脈のシルエットが薄く浮かび、その手前には白い塩と枯れた低木だけが続く。生き物の気配が極端に薄い、荒涼とした景色だった。

ところで、トプラクカラにはちょっとした撮影スポットがある。城壁の端まで進むと、まるで崖っぷちに腰を下ろしているかのような写真が撮れる場所がある。日干しレンガの遺構がどこまで崩落リスクを抱えているかは正直わからないので、あくまで自己責任にはなるが、ここでしか撮れない一枚が撮れる。

キジルカラ——良くも悪くも一番状態の良い城跡

最後に向かったのはキジルカラだ。「キジル」はウズベク語で「赤い」を意味し、レンガの色がやや赤みがかっていることに由来する。1〜4世紀に造られ一度放棄された後、12〜13世紀のモンゴル侵攻期に再建された遺跡で、65×63メートルとほぼ正方形の平面を持つ。

到着すると、ヨーロッパ人の団体客がバスで乗り付けていた。アヤズカラで独占状態だったのとは打って変わって、にぎやかな雰囲気だ。

入口には近代的なレンガで造られた急な階段があり、観光客がそれを上り下りしている。整備が進んでいて登りやすい反面、どこまでが遺構でどこからが修復なのか少し判断しにくい。

正直に言うと、このあたりで少し飽きてきていた。アヤズカラ、トプラクカラと来て、カラの基本的な構造と雰囲気はもう体に入っている。古代ホレズムの歴史にかなり傾倒している人でない限り、似たような遺跡が続くと視覚的な新鮮さは徐々に薄れてくる。それはしょうがない。

城壁に空いた窓の向こうにユルタが一張り見えた。古代の城塞の窓枠越しに白いユルタを見るという、時代の重なりが妙にいい構図だった。

城壁の内部は広く、区画に分かれた遺構が広がっている。

飽きてきた目を城壁の上から下に向けると、地元の親子が散歩しているのが見えた。

観光客の誰もいない側の道を、のんびり手をつないで歩いている。少し声をかけると、にこやかに応じてくれた。遺跡の中身よりも、そういう時間の方が記憶に残ったりする。

ただそれを踏まえて言うと、この「半日で3つのカラをさくっと巡る」というプランは、案外ちょうどいいのかもしれない。じっくり時間をかけて一か所ずつ向き合うより、駆け足でさらっと全体像をつかむ方が、飽きる前に切り上げられて充実感がある。

そろそろ腹が減ってきた。次はお待ちかね、湖畔のユルトレストランで昼飯だ。

次回:アクチャコル湖畔のユルトレストランへ

運転手のお父さんが朝から「いい店がある」と言っていた場所へ向かう。キジルカラからほど近い、アクチャコル湖畔のユルトレストラン。砂漠と遺跡を歩き回った後の昼食が、どんなものか。続きは次回。