夏休みの計画を立てているとき、南フランスが候補に上げる方はきっと多いことだろう。プロヴァンスのラベンダー畑、コートダジュールの青い海、マルセイユのカランク——ビジュアルとしての訴求力が高く、ヨーロッパの中でも特に日本人に人気の高いエリアだ。「地中海性気候でカラッとしているし、リゾート気分でのんびりできそう」という理由で選ぶ人も多いはずだ。
ただ、夏休みシーズンの南仏の実情は、そのイメージとかなりずれている部分がある。実際に現地に行った経験も交えながら、事前に知っておいてほしいことを書いておく。
なぜ夏といえば南仏なのか——保養地としての発展を辿る

コートダジュールが保養地として注目されるようになったのは19世紀のことだ。もともとはイギリスの上流階級が冬の療養地として訪れたのが始まりで、温暖な気候と美しい海岸線が評判を呼んだ。ニースのプロムナード・デ・ザングレ(英国人の散歩道)という名前は、そのイギリス人旅行者たちが資金を出して整備したことに由来する。
その後、鉄道網の整備とともにパリからのアクセスが改善され、フランスの富裕層やヨーロッパ各地の貴族・芸術家たちが集まるようになった。ピカソ、マティス、コクトー等の芸術家たちがこぞってこの地に滞在し、その文化的な蓄積がコートダジュールのブランドをさらに高めた。モナコのカジノ文化やカンヌ国際映画祭もこの流れの中で育ってきたものだ。
夏のバカンスという文化がフランスで広がったのは1936年、労働者に有給休暇が法的に認められてからだ。それ以降、南仏は富裕層だけでなく一般市民にとっても夏の目的地となり、現在に至るまでヨーロッパ最大の保養地エリアとして機能し続けている。
このように、コートダジュールが「夏の聖地」として機能してきた背景には、ヨーロッパ内陸部や北部の人々からの人気がある。パリやロンドン、ベルリンに住む人たちにとって、南仏は「太陽と海に会いに行く場所」だ。灰色の空と長い冬の中で暮らす人間にとって、地中海の日差しと青い海が持つ意味は特別なものがある。
ヨーロッパ人にとっての南仏は、日本人にとっての沖縄?
ここで少し立ち止まって考えてほしいことがある。
純粋に美しい海やビーチリゾートを求めるなら、日本人には近場に強力な選択肢がある。国内には沖縄があり、少し遠出をすればタイ、インドネシア、モルディブといった、美しいサンゴ礁広がるアジアのリゾートがある。透明度の高い海という点では、南仏よりもずっち条件の良い場所が、はるかに短いフライトで行ける距離に多数存在している。
コートダジュールのビーチを「夏の聖地」として特別視してきたのはヨーロッパ内陸部や北部の人々であり、その文脈は日本人にそのまま当てはまるものではない。南仏まで足を伸ばすのに、アクセスの遠さと費用の高さを考えると、ビーチリゾートとしての目的だけでは割に合わない場面が出てくる。
夏の南仏へ旅行を立てる際には、まずこういった前提の違いを頭に入れた上で計画を練る必要があるだろう。
ハイシーズンの混雑とホテル代は想定以上
ここからはより実用的な話をしよう。

7〜8月の南仏は、ヨーロッパ中から人が集まる時期だ。フランス国内はもちろん、イギリス、ドイツ、イタリア、北欧からの旅行者が一斉に南下してくる。日本人にとってはただの夏休みでも、ヨーロッパ全体のバカンスシーズンと完全に重なっている。
ホテルは通常期の2〜3倍になることも珍しくなく、条件の良い宿から順番に埋まっていく。直前に探し始めると、残っているのは立地が悪いか値段だけ高い選択肢になりがちだ。夏の南仏旅行を考えているなら、宿の手配は思っている以上に早めに動く必要がある。そして当然、昨今の円安が向かい風となり、どのホテルも日本基準ではあり得ないほどに高額であることを覚悟する必要がある。
鉄道も同様だ。パリ〜マルセイユ、マルセイユ〜ニースといった人気区間は予約が遅れると立席になる。旅程によっては重い荷物を持ったまま何時間も立ちっぱなしになることも十分ありうる。
プロヴァンスはレンタカー必須、ただし駐車場に覚悟を

ゴルドやレ・ボー・ド・プロヴァンスのような丘の上の鷲ノ巣村、ヴァロンソールのラベンダー畑、リュベロンの農村地帯——これらは鉄道やバスだけではなかなかアクセスできない場所が多く、プロヴァンスをきちんと回ろうとするとレンタカーはほぼ必須になる。
ただし夏のレンタカー旅にはもうひとつ覚悟が必要だ。人気スポットは駐車場の収容台数が限られており、夏になると周辺の道路に路駐の列が延々と続く光景が当たり前になる。駐車場を探して30分以上うろうろすることも珍しくない。
「車さえあれば自由に動ける」は正しいが、「駐車場がなければ動けない」という現実もセットで理解しておく必要がある。人気スポットには朝イチで向かうこと、これに尽きる。10時を過ぎると駐車場の競争が始まる。
「カラッとした気候」は夏に限っては当てはまらない
また、南仏を選ぶ理由のひとつとして「地中海性気候だからカラッとして過ごしやすい」を挙げる人がいる。しかしこれはあくまで春や秋の話であって、真夏の海辺が乾燥しているわけがない。
7〜8月のニースやマルセイユは30度を超える日が続き、海沿いである以上湿度も当然ある。体感温度は東京の夏と大きくは変わらないし、強烈な直射日光と地面からの照り返しを考えると、日によってはそれ以上に感じることもある。
「ヨーロッパだから涼しいだろう」という感覚で来ると、初日から体力を消耗することになる。美しい街並みを眺めながら散策する余裕など一瞬でなくなってしまう。日焼け止めと帽子と水分補給は、観光地の注意書きとして読み流すのではなく、本気で必要な話だ。
それでも、夏の南仏にしか見せてくれない景色がある
ここまで散々書いてきたが、最後に本音を言う。

プロヴァンスの鷲ノ巣村が、ラベンダー畑が、石畳の小さな広場が、一年で最も強い日差しを浴びて生き生きとしている光景——あれは夏にしか見られない。
乾いた大地に色鮮やかな花が咲き、岩肌の村が輝き、人々が広場や路地に繰り出している。あの光の強さと色の鮮やかさは、写真で何度見ても、実際に立ってみないとわからないものがある。曇り空の季節には絶対に見られない景色だ。

カランクも同じだ。夏の強い光の下で見る白い石灰岩と青い海のコントラストは言わずも柄、もうひとつ見落とされがちな事実がある。地中海の水温は思ったより低く、心置きなく泳げる時期は実はそれほど長くない。真夏の盛りだからこそ海に入れるのであり、その意味でカランクに関してはむしろ夏がベストシーズンだ。

コートダジュールのビーチの喧騒も、見方を変えれば本物の保養地文化を垣間見れる貴重な体験だ。ヨーロッパ中から集まった人々が思い思いにシートを広げ、言語も国籍も混在したまま同じ太陽の下にいる。ゆったりのんびりというよりも、あの雰囲気ごと味わいに行くという感覚で来るなら、夏のコートダジュールは確かに正解になる。
日本からわざわざ南仏まで行くなら、海だけを目的にするのはもったいない。夏の光の中で最も生き生きとするプロヴァンスの景色と文化、カランクの地形的な特異さ、コートダジュールの保養地としての雰囲気——そういったものを丸ごと体験しに行くという目的意識があってこそ、南仏まで行く意味が出てくる。混雑も暑さも、その文脈の中に置けば、少し違って見えてくるはずだ。
まとめ
夏の南仏は、混雑も暑さもホテル代の高さも、全部誇張のない本当の話だ。
単純に綺麗な海を求めるなら、アクセスの面でも費用の面でも、沖縄や東南アジアのリゾートのほうが合理的な選択肢になる場合が多いし、正直生半可な気持ちや計画で、ハイシーズンの南仏に行くべきではない、というのが私の意見だ。
ただ、夏の強い光の中でこそ映えるプロヴァンスの景色、カランクの自然、コートダジュールの保養地としての賑わい——これらを目的に据えた上で、混雑と暑さと費用の高さを織り込んだ計画を早めに立てること。それができれば、夏の南仏は十分に行く価値がある場所だと言えるだろう。
近場でプロヴァンスっぽい(?)景色を味わうなら意外と「台湾・馬祖」がオススメ!