
中国を旅していると、観光地のあちこちで目にするようになった光景がある。古い石畳の路地に、華やかな衣装を纏った女性たちと、その周囲をしゃがんだり走り回ったりしながら動き回るカメラマン。初めて見たとき、なんだろうこれはと思ったが、これが今、中国全土で爆発的な人気を誇る「旅拍(リュウパイ)」だ。
今回は広西チワン族自治区の黄姚古鎮(ファンヤオ古鎮)で初めて旅拍を体験してきた。お店の選び方から予約、当日のメイク・撮影の流れ、データの受け取りまで、実体験をもとに丸ごとレポートする。旅拍が気になっているけど一歩が踏み出せない、という方の参考になれば幸いだ。
旅拍とは?
旅拍とは、観光地で古典衣装(古装)を借り、プロのカメラマンに撮影してもらうサービスだ。衣装レンタル・メイク・ヘアセット・撮影・データ納品がセットになっており、自分では用意できないような本格的な仕上がりの写真が比較的安価に手に入る。
中国でこの文化が急速に広まった背景には、いくつかの要因がある。まず「漢服ブーム」。ここ数年、若い世代を中心に中国の伝統的な衣装・文化への関心が高まり、漢服を日常的に着こなす人が増えた。それと並行して、SNS映えを意識した写真需要が爆発的に拡大。自分でスマホで撮るのではなく、プロに撮ってもらった本格的な写真を小紅書などのSNSにアップするのがトレンドになった。

観光地側もこの流れを受け入れ、古鎮や歴史的な景観地には旅拍スタジオが次々とオープン。今では黄山、鳳凰、麗江、西安といった有名観光地はもちろん、黄姚のような比較的マイナーな古鎮にも、旅拍のお店がひしめくようになっている。
外国人観光客にとっても、ハードルはそれほど高くない。中国語が話せなくても翻訳アプリがあればだいたい通じるし、料金も日本のコスプレ撮影サービスなどと比べると圧倒的に安い。旅の思い出として、現地の文化を体験する手段として、一度試してみる価値は十分にある。
衣装の種類は地域によって異なる

全国的に最もポピュラーなのは漢服(ハンフー)で、漢民族の伝統的な衣装だ。時代や様式によってデザインが大きく異なり、宋代風、明代風、唐代風など多様なバリエーションがある。ただし旅拍の衣装は漢服だけではなく、その土地の文化や民族性が反映された衣装が揃っているのも魅力だ。
今回訪れた黄姚古鎮は、広西チワン族自治区の古村ということもあり、以下のような衣装が用意されていた。
苗族(ミャオ族)衣装 濃紺や黒をベースに、精緻な刺繍と大ぶりの銀製装飾が特徴。頭部の銀冠が圧倒的な存在感を放ち、写真にするとかなりインパクトがある。
壮族(チワン族)衣装 広西を代表する少数民族の衣装。幾何学模様の刺繍や鮮やかな色使いが地域色を強く打ち出している。
戦国風漢服(仙系・儚げ系) 現地では「戦国風」と呼ばれるスタイルで、薄い布が幾重にも重なり、風に揺れると非常に幻想的な雰囲気が出る。仙女感・ファンタジー感が強く、特に黄姚古鎮のような古橋と山水が映える場所ではドラマチックな写真が撮りやすい。
今回は初めての旅拍ということで、まずはオーソドックスな漢服でチャレンジすることにした。慣れてきたら次は少数民族衣装にも挑戦してみたいと思っている。
お店の選び方

旅拍のお店は、観光地内に本当にたくさんある。なかにはTrip.comなどで予約できるものや、WeChatで事前にコンタクトが取れるものもある。が、基本的には直接お店に足を運び、自分の目で確認してから決めるスタイルが一番だ。
店選びでチェックしたいポイントは主に3つ。

① 衣装のラインナップ 店先のマネキンや、店内に飾られた衣装を見て、自分が着たいと思えるものがあるかを確認する。「これだ!」と思える衣装に出会えるかどうかが、体験全体のモチベーションに直結する。
② 作例写真のクオリティ どの店も入口付近に撮影サンプルを貼り出している。構図のセンス、自然光の使い方、背景のぼかし方、レタッチの方向性(ナチュラル系か加工重め系か)など、自分の好みに近いかどうかを数軒比べながら確認するのがベスト。
③ 撮影スポットまでの距離 これは盲点になりやすいが、後述するように非常に重要なポイント。お店と実際の撮影場所が離れている場合、重い衣装を着て移動する必要が出てくる。事前に「どこで撮るのか」を確認しておくと良い。

今回選んだ「黄姚故事旅拍」は、前日夜に古鎮を散策しながら見つけたお店だ。店頭のマネキンが着ていた淡いブルーの漢服に一目惚れし、そのまま入店して受付をした。プランはいくつかあったが「全部込みで」とリクエストし、衣装・メイク・撮影のフルセットを申し込んだ。デポジットを支払って翌朝の枠を押さえ、当日の服もその場で確認してもらい即決。
当日の流れ:メイクに1時間、撮影は40分
① 着替えとメイク

翌朝お店に到着したら、まず衣装に着替える。その後、店内のメイク・ヘアセットコーナーへ移動する。専用の個室があるというよりは、お店の入口側がそのままメイクスペースになっているカジュアルな造りで、ライトに照らされたドレッサーが横一列に並ぶ。周りには漢服や民族衣装を着たマネキンがずらりと立っており、独特の非日常感がある。

料金が比較的安いこともあって、最初は「サクッと仕上げる程度かな」と高をくくっていた。ところがメイク+ヘアセット合わせて約1時間かかった。「目のラインはこの角度でいいですか」「まつげはどのくらいにしますか」など、細かい部分を逐一確認しながら丁寧に仕上げてくれる。こちらはほぼお任せにしていたので比較的早く済んだほうだと思うが、細かく注文をつける人はさらに時間がかかるようだ。

現地の慣れた若者たちは、ベースメイクだけ自分で済ませてから来ていたりもする。時間を節約したい場合はその手もありだろう。
一方、メイクを待つ同行の男性陣はかなり手持ち無沙汰になる。お互い目を合わせながら苦笑いしたり、近くのカフェにコーヒーを買いに出かけたりして時間をつぶした。これも旅拍あるあるのひとつとして心の準備をしておこう。
② 撮影スポットへの移動

支度が整ったら、カメラと番傘などの小道具を抱えたカメラマンと一緒に撮影スポットへ出発。
ここでひとつ誤算があった。

今回は宿に近いという理由でこのお店を選んだのだが、実際の撮影スポット(水車のある川沿いのエリア)までは徒歩10分弱の距離がある。五一連休の混雑した石畳の路地を、重くてかさばる漢服を着て、裾を踏まないよう気をつけながら歩かなければならない。暑い、歩きにくい、そして正直なところちょっと恥ずかしい。周囲の観光客の視線がちょっと気になる。

とはいえカメラマンは慣れたもので、裾が崩れそうになるとさりげなく直してくれたりもする。お店選びの段階で撮影スポットまでの距離を確認しておくと、心の準備が段違いに違う。
③ 撮影タイム

五一の黄姚古鎮は観光客であふれかえっており、「こんな人混みでまともに撮れるのか?」と正直不安だった。が、さすがはプロ。なるべく人が少ないエリアをいくつか選び、さらに人が映り込まないようカットとタイミングを細かく調整しながら、テンポよく撮影を進めていく。「少し顎を引いて」「傘をもう少し後ろへ」「今度は川のほうを向いて」と、次々とポーズのディレクションが入る。

旅拍ならではの隠れたメリットのひとつがこれで、カメラマンが周囲の観光客に「少し場所を空けてもらえますか」と声をかけてくれる。個人で撮影しようとすると人の波に阻まれてしまうような人気スポットでも、カメラマンがいることで比較的スムーズにシャッターチャンスを作れる。観光地で自分だけいい写真を撮れるというのは、なかなかの特権感がある。

水車前、古い橋の上、古民家の門前など数か所を巡り、最後は古鎮のシンボル的なスポットへ。ドライアイスで演出された幻想的な霧の中、同じく旅拍中の人たちがそれぞれのカメラマンと交代しながら、手際よく撮影をこなしていく。混雑していても、なんとなく暗黙のルールで回っている感じが面白い。一通りの撮影を終えるまでの所要時間は約40分だった。

④ 自由時間
「これで撮影は終わりです」とカメラマンと別れた後は自由時間。衣装を着たまま古鎮内を歩き、自分たちでもスマホや持参のカメラで写真を楽しめる。

が、重くて暑い漢服にそろそろ体力の限界を感じ始め、古風な雰囲気のカフェに滑り込んで漢服のままひと休みした。これはこれでなかなか風情があって良かった。事前に「漢服で入っても映えそうな屋内スポット」を軽くロケハンしておくと、この自由時間がさらに充実するだろう。
気が済んだらお店に戻って着替え、体験終了。
データ受け取りと仕上がりの正直な感想
撮影の翌日、カメラマンからWeChatにメッセージが届き、百度ネットディスク(百度网盘)のリンクでデータが共有された。中国での写真データ受け渡しでは百度ネットディスクがよく使われる。アカウント作成には中国の電話番号が必要な場合もあるため、事前に登録を済ませておくとスムーズだ。

仕上がりについては、正直なところ「もっと派手に加工されてくるだろう」と覚悟していた。中国の旅拍写真というと、原形をとどめない程に肌を白く飛ばして目を大きくして……というイメージがあったからだ。ところが届いたデータは、意外なほどナチュラルな仕上がりで少し拍子抜けした。これはこれで素直に素敵な仕上がりだ。
お店によってとってだし系・レタッチ重め系と方向性が異なるので、事前に作例写真でどちら寄りかを確認しておくと、期待値のズレが少なくて済む。

何より感心したのは、あの五一の人混みの中で、ちゃんと「人が少ない雰囲気」の写真に仕上がっていたこと。現実には目の前を観光客がひっきりなしに通り過ぎていたのに、写真の中では静かな古鎮の佇まいがきちんと切り取られている。構図とタイミングの技術、そしてカメラマンの経験値をしみじみと感じた瞬間だった。
まとめ:旅拍をより楽しむためのアドバイス
最後に、初めて旅拍を体験して感じた実用的なポイントをまとめておく。
事前準備 百度ネットディスクのアカウントを作っておく。中国語が話せなくても翻訳アプリがあれば問題ないが、よく使うフレーズ(衣装のサイズ感、メイクの要望など)をメモしておくとスムーズ。
お店選び 当日ではなく前日の夜に散策しながら決めるのがベスト。衣装の好み・作例のクオリティ・撮影スポットまでの距離の3点をチェック。
時間配分 メイクに1時間程度かかることを念頭に置き、午前中の早い時間帯に予約を入れると撮影時間に余裕が生まれる。連休中は特に混雑するので、開店直後を狙いたい。
自由時間のロケハン 撮影後の自由時間に備えて、「漢服で立ち寄りたい場所」を事前にピックアップしておくと楽しさが倍増する。古風なカフェや庭のある宿、古い門前などが映えスポットになりやすい。
男性陣の覚悟 同行の男性は待ち時間が長い。カフェに行くか、古鎮を散策するか、事前に予定を立てておこう。
料金帯は衣装のみ60元〜、フルプランで199元前後(概ね一般的な相場だが、店・地域によって異なる)。日本円で5000円程度でこれだけの体験ができるのは、コスパとしてかなり優秀だ。「旅行の思い出に特別な写真が欲しい」「中国の文化を体で感じたい」という方に、自信を持っておすすめできる体験だ。
