
2026年夏、ソウルで今もっともおしゃれな街はどこか、と聞かれたら、今なら迷わず延南洞(ヨンナムドン)と答える。明洞、弘大、聖水・・・かつてオシャレとされてきた街が次々に大衆化・観光地化していく中、弘大から少し歩いた延南洞は、センスのいいカフェやバーが次々と生まれ、地元の若者や旅慣れた旅行者が集まるエリアだ。弘大を渋谷に例えるなら、延南洞はソウルの奥渋といったところだろうか。
そんな延南洞は、よくも悪くもホテルの選択肢が少ない。弘大や明洞のように宿泊施設が密集しているわけではなく、ホテルを探すと選択肢がぐっと絞られる。ただ逆に言えば、そのぶん個性的な宿に出会える可能性もある。今回泊まった「Iハウスチンチン(아이하우스친친)」は、まさにそういう宿だった。
「延南洞で最もイカしたゲストハウス」
Trip.comで予約を入れた時点では、写真を見る限りAirbnb的な民泊っぽい雰囲気で、正直少し心配だった。部屋の写真だけ見ると、こじんまりとしたゲストハウスというのが第一印象で、泊まってみてどうなんだろう、と半信半疑のまま予約ボタンを押した記憶がある。
ところが予約後にホテルからTrip.comのメッセージ機能を通じて連絡が来て、こんな一文が添えられていた。

「延南洞で最もイカした(hippest)ゲストハウスへようこそ」
自称である。でも、この自信が気になった。宿から届く定型文の「ご予約ありがとうございます」的なメッセージとは明らかに温度感が違う。これは期待して行くしかない、と思った。
料金は2泊トリプルルームで、Trip.comの各種割引やセールを組み合わせて実質20,585円。1泊あたり約1万円ちょっと(一人当たり5000円)というのは、ホンデ周辺エリアのゲストハウスとしてはお得な部類だ。
おしゃれなカフェ通りを抜けて
最寄りは地下鉄2号線「弘大入口駅」だが、歩くと20分ほどかかる。地図を見ると直線距離はそれほどでもないのだが、路地が入り組んでいることもあって思ったより時間がかかるのだ。荷物を持って歩くのはなかなか骨が折れるので、バスを使うのが正解だ。
最寄りのバス停はゲストハウスから徒歩3分ほどの場所にあり、23時半まで運行しているので夜遅い帰宅でも心配ない。夜に弘大や江南まで遊びに行って帰ってくるという動線も問題なくこなせた。

バスを降りてからゲストハウスまでの道が、これまた延南洞らしくていい。おしゃれなカフェ、こだわりのバー、植物があふれた路地を抜けて歩いていくと、次第に人通りが減り、落ち着いた住宅街の雰囲気になっていく。

細い坂道を進んでいくと、突然、グレーの重厚なゲートが現れる。そこには白いロゴで「iHouse ChinChin」と書かれており、ゲートの奥から竹がのぞいている。
外観──竹林に飲み込まれた建物
ゲートをくぐると、竹林が視界を埋め尽くす。背の高い竹がびっしりと並び、その隙間から建物の構造が見える。鉄骨と木のデッキ、赤いスチールの手すり。夕暮れ時に訪れたこともあって、竹の葉を通した光がテラスをやわらかく染めていた。石畳の小道が竹の間を縫うように続いていて、その先にエントランスがある。

これが住宅街の中にある宿の入り口だとは、近くまで来なければ絶対にわからない。延南洞の路地を歩いていて偶然ここに辿り着いたら、何の施設かと二度見するだろう。SNSで映えるとかそういう話ではなく、建築としての意志、空間への強いこだわりを感じる外観だ。
日本建築好きのマスターとの邂逅
応対してくれたのは、おしゃべり好きで気さくなおじさん。このゲストハウスのマスターだ。
チェックインの手続きをしながら、自然と会話が始まった。どこから来たのかと聞かれ、出身地を答えると、そこから建築の話が飛び出してきた。地元の我々もよく知らないような建築家や建物の名前がポンポン出てくる。日本の建築・建築家に造詣が深く、建築への愛情と知識は相当なものだ。

この宿もそんなマスターのこだわりが詰め込まれた空間なのだと話してくれた。竹林、吹き抜けのロビー、随所に配されたアート。すべてに意図があり、すべてに理由がある。マスターにとってこのゲストハウスは、単なるビジネスではなく、自分の世界観を表現する場所なのだろうと感じた。
ハウスルールの説明も個性的だった。「遅くまでテラスで音楽をかけても自由だよ。まあ、その代わり警察が来るのも君の自由だけどね(笑)」。シニカルなユーモアに思わず笑ってしまったが、このゲストハウスの自由でリラックスした空気をうまく表している言葉だと思う。。
共用エリア──本とレコードとコーヒーと

1階から吹き抜けになったロビーは、ちょっとしたギャラリーのような空間だ。天井まで届く大判の写真作品が高い壁に掛けられ、床には厚みのある木材が敷かれている。壁際には本棚がゆったりと並び、レコードのコレクションが棚に整然と収まっている。グリーンシェードのデスクランプが灯る木のテーブルで、時折マスターが静かに仕事をしていたりする。
家族に画家がいるそうで、その作品もいくつか飾られていた。アートと建築と音楽が混在するこの空間は、ゲストハウスのロビーというより、誰かのアトリエに上がり込んだような感覚に近い。

我々の寝室に併設された2階の共用エリアには、キッチンと共に、竹林を正面に見るカウンター席がある。丸みを帯びたグリーンのチェアに座って大きな窓越しに竹林を眺めると、延南洞の住宅街にいることを忘れてしまう。朝はここでコーヒーを一杯飲みながらぼーっとするだけで、なんとなく旅の充実感が増す。こういう時間が持てる宿は、なかなかない。

キッチンも共用で使えるので、近くのスーパーやコンビニで買ってきたものをここで食べる、という使い方もできる。鍋もカップ類も揃っていた。
テラス──竹の中に浮かぶデッキ

2階から外に出ると、竹林の中に張り出したウッドデッキのテラスがある。黄色いテーブルと赤い手すりの色使いがポップで、竹のグリーンとのコントラストが絶妙だ。この配色の選択ひとつにも、マスターの美意識が出ている気がする。

喫煙スペースを兼ねているが、タバコを吸わなくても夜風に当たりながら一息つくのにちょうどいい場所だ。朝一番、竹林越しに差し込む光の中でぼーっとしていると、ここがソウルの住宅街であることを一瞬忘れる。木漏れ日が黄色いテーブルに落ちて、それもまた気持ちいい。こんなテラスがある宿は、弘大エリア全体を探してもそうそうないだろう。
部屋
今回泊まったのは2段ベッド×2のトリプルルーム。部屋自体はこじんまりとしていて、広いとは言えないが、ちょっとした秘密基地感が冒険心をくすぐる。コンパクトなシャワー&トイレが備え付けられており、水回りも必要最低限揃っている。

広さや設備だけで評価すると、確かに可もなく不可もなく、というところだ。ただこの宿に関して言えば、部屋はあくまで「眠る場所」であって、「過ごす場所」は共用エリアやテラスにある。そういう設計思想の宿だと理解した上で泊まれば、不満には感じない。むしろ、部屋に引きこもらずに宿全体を使い倒したくなる。
立地・周辺

ゲストハウス周辺は延南洞の中でも比較的静かな住宅街で、夜も落ち着いている。延南洞のメインストリートまで歩いて数分で、おしゃれなカフェやレストランが点在しているので、街歩きの拠点としては申し分なかった。弘大の繁華街へもバスで数分なので、夜に外に出るのも楽だ。
ホテルが少ないエリアだからこそ、こういう個性的な宿に泊まれる。立地の不便さと引き換えに、旅の体験そのものが豊かになる宿、という感じがした。
まとめ
アイハウスチンチンは、「安いから泊まる」ではなく「ここだから泊まりたい」と思える数少ない宿のひとつだ。建築へのこだわり、アートとしての空間づくり、竹林という唯一無二のファサード、マスターとの会話、テラスで飲む朝のコーヒー。どれもホテルらしくないが、それがいい。旅先で「こんな宿があったのか」と思える出会いは、そう頻繁にあるものではない。
弘大入口駅から少々距離があること、部屋がコンパクトなことは覚悟が必要だが、それを差し引いても十分に価値のある体験だった。延南洞を拠点にしたい人、ゲストハウスの人間的な温かみを求める人、そして建築やアートに興味がある人には、自信を持っておすすめできる。
「延南洞で最もおしゃれなゲストハウス」──自称ではあるけれど、そう言い切れるだけの理由は確かにあった。
基本情報
- 施設名:Iハウスチンチン(아이하우스친친)
- 住所:Yeonnam-ro 7-gil 24-11, 麻浦区, ソウル
- チェックイン:15:00〜20:00 / チェックアウト:〜11:00
- アクセス:弘大入口駅から6番バス(バス停まで徒歩3分)、または徒歩約20分