
ヒヴァのイチャン・カラ(内城)を歩いていると、ふと気づくことがある。この街は「見上げる」街だということに。青いタイルのカルタ・ミナル、日干しレンガの城壁、物見櫓。どれも視線を上へ上へと引っ張っていく。だったら、こっちも上に行けばいい。そう思って階段を上った先にあったのが、今回紹介する屋上テラスのレストランだった。
これから何回かに分けて「ヒヴァの特等席レストラン」というシリーズを書いていこうと思う。ヒヴァには、料理の味そのものよりも「どこで食べるか」で記憶に残る店がいくつかある。その第一弾が、西門オタ・ダルヴァザからすぐ、キョフナ・アルク(Kunya Ark)城塞の向かいに建つ「Terrassa(テラッサ)」だ。
まず、この立地を説明させてほしい

イチャン・カラの西の入り口、オタ・ダルヴァザ門をくぐると、正面にどっしりとした城塞の城壁が広がる。これがキョフナ・アルク、歴代ハンの居城だった場所だ。日干しレンガの重厚な壁に、狭間(はざま)のギザギザが続き、その奥に青いドームと物見櫓が頭を出している。
門の前の広場は、観光客がぽつぽつと歩き、地元のおじさんがのんびり横切っていく。ヒヴァらしい、時間がゆっくり流れる一角だ。

その広場を囲む建物の一つ、木造の二階建てが「Terrassa」である。一階は工房や土産物のような佇まいで、外壁には所狭しと陶器が飾りつけられている。階段を上っていくと、その陶器の壁を横目に見ながら屋上へ出る。この「上がっていく」道中からして、もう演出が始まっているのだ。

木のバルコニーには、旋盤で削り出したふっくらとした木製の手すり柱が並ぶ。カウボーイ映画のセットのような、古い荷車の車輪が置かれた中庭を抜けて、二階のテラス席にたどり着く。
テラスに出た瞬間の圧倒
席に着いて顔を上げると、思わず声が出る。

正面に、カルタ・ミナル。あの、途中で建設が止まった「短い塔」が、青緑のタイルを幾層にも巻きながら、どーんと視界の真ん中に立っている。近すぎず遠すぎず、ちょうど全体が収まる絶妙な距離感。その右手には、双子のような二本の青いミナレットを持つ門(ムハンマド・アミン・ハン・マドラサ方面)が続き、左手には日干しレンガのドームや城壁がずらりと並ぶ。
要するに、ヒヴァのイチャン・カラの「おいしいところ」が、座ったまま一枚の絵として目の前に広がるのだ。地上を歩いているときは、建物が近すぎて全体像がつかめない。塔は見上げるものだし、城壁は横から眺めるもの。でも、この屋上に上がると、街全体を少し俯瞰する視点が手に入る。同じヒヴァなのに、まったく違う顔を見せてくれる。

そして、この「見下ろす」視点は、遺跡だけのものじゃない。手すりから下をのぞくと、そこには生活と観光が入り混じったヒヴァの日常が広がっている。西門の前でたむろする観光客の一団、水のペットボトルを提げておしゃべりに花を咲かせる地元の女性たち、その脇を駆け抜けていく子どもたち。

よく見ると、レンガ敷きの広場で、二人の男の子が白いサッカーボールを追いかけて全力で走り回っている。世界遺産のど真ん中が、彼らにとってはただの遊び場なのだ。この、肩の力の抜けた光景がたまらなくいい。この店の屋上からは、ヒヴァに生きる人々の何気ない一日まで、まるごと見下ろせる。
頼んだのは、やっぱりプロフ

こういう店で何を頼むか。悩む必要はない。ウズベキスタンに来たなら、まずはプロフ(ウズベク風の炊き込みご飯)だ。今回頼んだのは、その名も「ヒヴァプロフ」。
ここで一つ、プロフ好きとして声を大にして言いたいことがある。プロフは、同じ料理でありながら、都市によって驚くほど顔が違うのだ。タシケントのプロフ、サマルカンドのプロフ、ブハラのプロフ、そしてヒヴァのプロフ。使う米も、油の量も、具の合わせ方も、盛り付け方も、街ごとに流儀がある。ウズベキスタンを西へ東へ旅していると、行く先々でプロフを頼むだけで「あ、街が変わったな」と舌で実感できる。この地域性こそ、ウズベク料理の一番おもしろいところだと僕は思っている。

運ばれてきたヒヴァプロフは、木彫りの大きなお椀にたっぷり盛られていた。ニンジンと一緒に炊き込まれた米は、しっかり油をまとって黄金色に光り、その上に細かくほぐした羊肉がどっさり。脇には、じっくり煮込まれた赤いドライトマトが一つ、彩りに添えられている。ホラズム地方のプロフは、東部のこってりしたものに比べると、比較的あっさりめで米の粒立ちを楽しむ傾向があると言われる。実際、脂で重たくなりすぎず、するすると食べ進められた。

セットで、木の細長いトレーに小鉢が四つ。レーズンとひよこ豆を煮たもの、トマトのくし切り、ヨーグルトソース(ドレッシングのような爽やかなもの)、そして千切り野菜のサラダ。プロフは油と肉で重いので、この酸味と瑞々しさが箸休めとして本当にありがたい。ヨーグルトを少し絡めると、脂っこさがすっと切れる。ひよこ豆とレーズンの甘じょっぱさも、羊のプロフとよく合う。
飲み物には、赤いカップになみなみと注がれたコーヒー。プロフを食べながら、水をちびちび飲み、コーヒーで締める。屋上に風が抜けて、目の前にはカルタ・ミナル。これ以上ないシチュエーションで食べる炊き込みご飯だった。
味付けは、正直に言えば「観光客向けにマイルド」な方向だと思う。地元の食堂でガツンと羊の脂と塩で攻めてくるプロフに比べると、ここのは万人に食べやすい、角の取れた味。でも、それでいい。この店で味の尖りを求めるのは、たぶん少し野暮なのだ。ここは眺めを食べに来る場所なのだから。
「観光地価格」をどう受け止めるか
こういうロケーションの店に必ずついて回るのが、価格の話だ。
はっきり言っておくと、Terrassaは地元の食堂と比べれば割高だ。旧市街の観光ど真ん中、しかもヒヴァ随一の眺望を持つ屋上テラス。この立地でローカル価格を期待するのは、さすがに無理がある。プロフ単品で、地元の大衆食堂の2〜3倍する感覚だと思っておけばいい。
でも、私はこれを「高い」とは感じなかった。むしろ納得している。
考えてみてほしい。世界遺産のど真ん中で、途中で建設の止まった伝説の塔を正面に眺めながら、風の通る木のテラスで、地元の名物料理を食べる。この体験に、いくら払うか。ミナレットの入場料を払って登ったところで、こんなにゆっくり座って眺め続けることはできない。喉が渇いたら水も飲めないし、腹が減ったら食事もできない。ここは、その全部が同時に手に入る場所なのだ。
コスパというのは「安さ」のことだけじゃない。「払った額に対して、どれだけの体験が返ってくるか」だ。その物差しで測れば、Terrassaのプロフは、決して高くない。むしろ、ヒヴァで一番「元が取れる」食事かもしれない。眺めの入場料込みだと思えば、あの一皿は十分に安い。
訪れるときの、ちょっとしたコツ
いくつか、行ってみて気づいたことを書いておく。
まず、席は屋上テラスを狙うこと。当たり前だが、この店の価値は屋上にある。一階や室内に通されそうになったら、遠慮なく「屋上に座りたい」と伝えよう。混む時間帯は少し待つ覚悟がいるかもしれない。
次に、時間帯。写真を撮るなら光の向きが大事だ。カルタ・ミナルは西門側にあるので、午前中は塔に光が当たって青タイルが映える。午後になると逆光気味になることもある。私が行ったのは昼前後で、塔も城壁もほどよく明るく、空も青く抜けていた。食事のついでに、というより「この眺めを撮りに行く」くらいの気持ちで時間を選んでもいい。
そして、料理はシンプルに攻めるのがおすすめ。ここはガストロノミーの店ではなく、眺め重視の店だ。凝った料理を期待するより、プロフやシャシリク(串焼き)のような、ウズベキスタンの王道を頼んで、景色と一緒に味わうのが正解だと思う。コーヒーやお茶だけでも、少し粘って眺めを楽しむ価値は十分にある。
まとめ――ヒヴァを「見上げる」から「見渡す」へ
イチャン・カラは、歩いているだけでも十分に美しい。でも、一度この屋上テラスに上がってしまうと、地上からの景色が「一部分」でしかなかったことに気づく。
ヒヴァに来たら、ぜひ一度、「Terrassa」の階段を上ってみてほしい。陶器の壁を横目に、木の手すりを抜けて、テラスに出た瞬間の「うわ」を、あなたにも味わってほしい。それだけで、この街の記憶がぐっと立体的になるはずだ。
さて、「ヒヴァの特等席レストラン」シリーズ、次回②はまた別の店を紹介する予定だ。今度は、あの一番高い塔——イスラーム・ホジャ・ミナレットのすぐ近くにあるレストラン。ヒヴァの空にいちばん近い特等席の話は、また次回に。
店情報メモ
- 店名:Terrassa(テラッサ)
- 場所:イチャン・カラ西門オタ・ダルヴァザ付近、キョフナ・アルク城塞の向かい
- 特徴:屋上テラスからカルタ・ミナルとイチャン・カラを一望
- おすすめ:屋上席・プロフ・眺めの良い午前中の時間帯