手付かずの砂漠を思う存分楽しむなら、モロッコよりもエジプトよりも、オマーンへ。決してエジプトやモロッコを卑下する意図はないが、そう言いたくなるほどにオマーンの砂漠は感動的な場所だった。それにも関わらず、なぜオマーンは日本において知名度が低いのだろうか。
オマーン、アラビアの魅力あふれる隠れた楽園。その中でも特に魅力的な冒険が、ワヒバ(Wahiba)砂漠でのセルフキャンプだ。マスカット国際空港から車で約3時間、険しい山脈と風光明媚な景観を抜け、一転して広がる砂漠の美しさに心が奪われる。この旅は、自然愛好者や歴史探求家にとって夢のような経験となることだろう。
本記事では、そんなワヒバ砂漠の魅力を実体験に沿いながら詳細に綴る。砂漠と聞くとサハラ砂漠やアラビア砂漠が有名かもしれないが、その中で敢えてワヒバ砂漠を選び訪れることの意義を、本記事を読み終わった後にきっと感じ取っていただけることだろう。
ワヒバ砂漠とは?
ワヒバ砂漠(Wahiba Sands、またはSharqiya Sandsと呼ばれる)はオマーン南部に広がる砂漠で、アクセスがしやすく、手つかずのままの美しい砂漠地帯が広がっている。サハラ砂漠などと比較しても、特に砂の質がサラサラとしており、我々日本人が想像する砂漠のイメージに近い魅力を持っている。この砂漠は、その広がりと開けた地形がアクセスを容易にし、自然の美しさを手軽に体験できる点が特筆される。未開発のままの地域が多く残り、そのため自然が豊かで手付かずの景観が広がっている。ワヒバ砂漠の砂は滑らかで、日本人が思い描く砂漠の雰囲気をより近く感じさせる。この砂漠はアクティビティや冒険の場としても人気があり、その美しい風景と砂丘は観光客に驚きと感動を与えている。
オマーンの砂漠地帯は気候が極端であり、日中は蒸し暑い日差しに包まれる一方で、夜になると温度が急激に下がる。日中の気温は夏季で40度以上に達することもあるが、夜は15度以下に冷え込むことがよくある。この対照的な気温差がワヒバ砂漠でのキャンプを特別なものにしている。
キャンプの準備
セルフキャンプを始める前に、必要な装備を整えることが重要だ。特に日中の強い紫外線から身を守るための帽子や日焼け止め、夜間の冷えから守るための防寒具が不可欠だ。また、ワヒバ砂漠ではここならではの景色やアラビア半島独特の植物、動物にも出会える可能性があり、そのためのカメラや観察装備も用意しておくと良いだろう。
今回私は現地ツアー会社にキャンプ機材を用意していただいた。自分自身のキャンプギアを使用したい方もいるかもしれないが、手間を考えるとあまりお勧めできない。
そして忘れてはならないのが大量の水とスナック菓子など。炎天下の砂漠は容赦なく体内の水分を奪っていく。水だけではなく塩分を同時に採ることで脱水症状を防ぐよう努めたい。
ワヒバ砂漠への旅が始まった
さて当日。我々は朝早くマスカットを出発し、ワヒバ砂漠へと向かった。旅のガイドを務めてくれたのはタンザニア系のオマーン人で、彼が私を助手席に載せ、車を巧みに操りながら道案内をしてくれた。この出会いが旅のスタートとなり、砂漠への道はますます興味深いものとなっていった。
車の中で私たちは、地元のローカルスナックを楽しんだ。その中には「チップスオマーン(Chips Oman)」など、オマーンらしい独自の風味を堪能できるものが含まれていた。Chips Omanはその名の通りオマーン発のポテトチップスで、中東地域ではかなりポピュラーなスナックだ。パッケージデザインこそ何やら物騒だが、日本人にも馴染みやすいパリッとした食感のポテトチップスに、オニオンやチリペッパーなどを使用した独自の調味料がなんともユニークなスパイシーさを加えている。現地人は皆口をそろえてお勧めするスナックだが、なるほど納得の味である。その病みつきな味わいから、まるブローカーのごとく帰省の度に大量のChips Omanを買い漁る海外留学生、駐在員もいるとのこと。これらのスナックは、オマーンの文化や食の一端を知る絶好の機会であり、道中に新たな次元を加えてくれた。
マスカットを後にし、風光明媚な山道を抜け、オマーンの南部へと向かう。
砂漠への道中はまさに冒険の始まりであり、車窓から広がる風景はまるで異次元のようだった。岩肌が美しく浮かび上がり、その後に広がるワヒバ砂漠の果てしない砂丘への期待が膨らんでいく。
道中で出会ったのは、自由気ままに歩くラクダやヤギたち。砂漠の中で、これらの動物たちは放し飼いで自分たちの領域を歩き回っている。その姿勢には、自然との調和と共存の美しいメッセージが込められていた。
車を走らせながら、キャラバンを形成するラクダたちのシルエットが夕日に映えていた。彼らの背中には荷物が積まれ、砂漠の中を悠々と進む姿は、時が止まったかのような幻想的な光景だった。
砂漠が近づくと、Bidiyahという集落で地元のベドウィンに道を尋ねることにした。
Bidiyah(ビディヤー)はWahiba Sandsの玄関口としても知られる砂漠の集落。ここから先は地元民の案内なしで道を歩むのは危険である。丁度その場に居合わせた親切なベドウィンが車で先導してくれることになり、私とガイドはそれに従い砂丘の頂を目指した。
砂漠での運転は容易ではなく、砂丘の上り下りには注意が必要だ。一度間違えば横転なんてことも珍しくない。しかし、ガイドの車の腕前は見事で、安全に目的地に到達することができた。砂漠の中でのドライブは冒険心をくすぐり、風光明媚な景色と共に新たな挑戦となった。
その際に私は居ても立ってもいられず、予めオマーン航空局に許可申請を出していたドローンをついに手に取る決断をした。砂漠の広がりを空から捉えたいという欲望が勝り、空に放つドローンが砂丘を上昇していく様子は、まるで映画の一場面のようだった。車に揺られながら、助手席からドローンを操縦して夕日を追いかける冒険。
砂漠の中で走る車が砂埃を巻き上げ、夕陽に照らされるその様子は、空の上からもまさに壮大で幻想的な風景として捉えることができた。砂漠の悪路にて車を操縦するガイドと、同時にドローンを操縦する私。それぞれのスキルを共有するこの瞬間は、ただただ息を呑むばかりだった。
※海外でのドローン飛行申請手続きについては、下記の記事を参照していただきたい。
砂丘の頂に到着した瞬間は言葉に尽くしがたいものがあった。
広がる砂漠の中で太陽が沈み、夕日に照らされる砂丘が美しいオレンジに染まっていく。この瞬間を共有することで、私とガイド、そして先導してくれたベドウィンとの絆が深まった。
砂漠の砂は驚くべき程サラサラで、歩くたびに足元から砂埃が立ち上り、その柔らかさはまるでシルクのようだった。砂丘を登る喜びは、砂が足に優しく寄り添う感覚に満ちていた。広がる砂漠でただただ歩むことで、砂丘と一体となる感覚が味わえた。
砂漠の広がりに素足を踏み入れると、驚きと美しさが一段と広がっていた。多様な色の砂が絶妙に混ざり合い、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。オレンジ、赤、金色など、色鮮やかな砂が夕陽に照らされ、砂漠の歴史を優雅に物語っているようだった。
夕暮れ時、ワヒバ砂漠が太陽の光で染まり、広がる砂丘がオレンジからピンクへと変化し、その美しさに圧倒される。キャンプ地を選ぶ際には、夜空の星をより一層楽しむためにも遮るもののない場所、町の光が見えない場所を選ぶと良いだろう。
夜が訪れると、静寂は一層深まり、まるで時間が凍りついたように無音が広がる。今振り返ると、「静寂」と言う言葉は普段日常においてあまりにも易々と使われ過ぎているように感じる。これほどまでに、完全な無音に囲まれ、自分自身が放つ呼気、鼓動、脈の音以外の一切の音が聞こえない瞬間など、今だかつてあっただろうか。
気が付くと、満天の星空が広がっていた。
夜になると、星座がはっきりと観測でき、銀河が砂漠の闇に浮かび上がる。この星空の美しさは都会の光害がないために楽しむことができ、天の川が広がる様子はまるで幻想的な夢の中にいるかのようだ。
興味深かったのが、ガイドが天の川(Milky way)という言葉を知らなかったこと。たまたまその英単語を知らなかった、という訳ではなく、そもそも天の川という概念を知らないようだった。オマーンではこんなにも綺麗に天の川が観測できるというのに、むしろ身近すぎて言葉にするほどの特別な存在ではないと言う事なのだろうか。それとも、女神ヘラの母乳に言葉の由来を持つMilky wayのそのギリシャ神話的天文観が、これまでの長い歴史を通じてイスラムの大地で受け入れられてこなかったことの証左だろうか。
天の川について聞かせてくれたお礼として、今度はガイドからワヒバ砂漠の生態について学んだ。彼は砂漠に関する知識を豊富に持ち、昼夜で変化する砂漠の美しさや厳しさを生き抜く方法を教えてくれる。砂漠の植物や動物についての知識も深まり、それが砂漠の生態系と自然に対する尊敬の念を育む一助となる。
中でも興味深かったのがサソリの話。オマーンの砂漠ではサソリに注意が必要である。彼らの毒は猛烈で、刺されてから24時間以内に病院に駆け込まないと死ぬ危険が潜んでいるという。そして、サソリの種類を特定するためには、撤収時に踏み殺したサソリの写真が必要だ。これは後の医療処置において重要であり、サソリの脅威に備えるための注意深い行動が求められていた。夜が訪れると、砂漠の中に息づく生命の気配が感じられた。冬には温もりを求めてサソリが忍び寄ってくるらしく、撤収の際にはテントの裏や中にサソリがいないか確認することが欠かせない習慣となっていた。薄明薄暮の中、サソリの小さな足跡を見つけ、テントたたみの慎重な作業が必要となる。
そんな話をしていると、オマーンの郷土料理が砂丘の上で広げられていた。
私はキャンプファイヤーのそばで、ガイドが熱心に調理しているのを見ながら、心躍る夜を迎えた。その日のメインディッシュは、オマーンの伝統的なミシュカク(مشكاك 牛串バーベキュー)だった。広がる砂漠の中で、オープンエアのキッチンで丁寧に調理される様子は、まさにアラビアの味覚を感じる特別な瞬間だった。
ミシュカクの調理は独自の技術を要する。肉は特製のスパイスとハーブで下ごしらえされ、炭火でじっくりと焼かれていく。その香りが広がり、夜風に乗って砂漠に満ちる。待ちきれずに焼きあがった牛串が、夜の砂漠に舞い散る星々の下で供された。その一口にはオマーンの風土や文化が凝縮されており、口に入れるたびにアラビアの香りと味わいが広がった。柔らかな肉質とスパイスの調和が、砂漠の静けさと共に私たちの感覚を満たしていった。
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