台湾旅行最終日、空港ロビーで搭乗を待っているとき。今のうちに製作中のデモ音源を反芻しておこうとイヤホンを耳につけるや否や、奇妙な現象が起こっていることに気付きました。なぜか実際のキーよりも、曲が半音高く聴こえるのです。
最初は自分のスマホの設定が変わったのかと思いましたが、そんなことはありませんでした。私にとって音楽は単なる趣味を超えた生活の一部。特に絶対音感を持っている身としては、この違和感は無視できないものでした。
今回は旅行ネタからは少し脱線しますが、「音程がずれて聴こえる」という症状が急に発症した方に向けて、私の体験についてレポートを執筆致します。
絶対音感と私の関係
最初に少し補足しておきます。私は絶対音感を持っていますが、いわゆる「固定ド」ではありません。世間では「絶対音感=固定ド」という誤解が広まっていますが、私の場合は「移動ド」に近い認識をしています。つまり、音の高さを絶対的に認識できる能力はありながらも、音楽の中では音程を「度数」で認識し、スケールやコードトーンとして相対的に捉える聴き方をしているのです。
このおかげで、今回の「半音ズレ」に直面しても、完全に楽器が弾けなくなるという壊滅的な状況には陥りませんでした。しかし、問題がないわけではありません。例えば、ジャムセッションに参加した際に、Aから始まったと思っていた曲が実はA♭だったとなると、出だしで音を探る必要が生じ、演奏の流れが滞ってしまいます。ミュージシャンとしては依然として厄介な症状です。
原因を探る
この症状の原因を特定するため、まずはネットで同様の症例を調べてみました。すると、ある種の薬の副作用として「音が半音下がって聴こえる」という症状が有名であることを発見。しかし、私の場合は逆に「半音上がって」聴こえるうえ、該当する薬も服用していないため、別の原因があるはずです。
また、私は音楽だけでなく音響物理学も少しかじっていたため、そちらの視点からも考えてみることに。半音上がったということは、体感的には波長が2の12乗根分の1(約0.94倍)に短くなったように感じているということ。これは純粋に物理学的に考えると、時間が約6%早く進んでいるように感じるはずです。
しかし不思議なことに、時間の流れ自体に違和感は全くありませんでした。以前から激しい水泳の後に音程が不安定になることはありましたが、それは耳の内部気管の一時的な疲労によるものだと理解していました。今回はそれとも明らかに異なる症状です。
脳の問題か
考えた末に行き着いた仮説は、これが聴覚器官ではなく脳の認識に関わる問題だということです。厳密に音波を短く感じるようになったわけではなく、Aの音を聞き取っているときに、脳が勝手になんとなくB♭(の雰囲気)の音として処理してしまうような、認識のズレが起きているのではないかと推測します。
原因は結局わかりませんでしたが、考えられる要素としては:
- 極度の時差ボケと旅の疲労
- 慢性的な睡眠不足
- 現地での過度の飲酒と二日酔い
- 旅先で口にした見慣れない食物(覚醒作用のある果実など?)
このあたりかなと思います。医者から科学的根拠に基づくアドバイスを頂いたわけではないのであくまで推測でしかないですが、ストイックな旅行を経て脳が混乱した状態だったために発生した症状だと思われます。
徐々に戻っていく正常な聴覚
この奇妙な症状は数日間続いたものの、特に何をせずとも徐々に和らいでいきました。一夜明けると半音高く聴こえていたものが、若干高いかな、くらいの微分音程度の差になり、さらに次の日にはほぼ正常に戻りました。
一週間経った現在は完全に元通りとなり、もはや症状の再現性がないため医師に相談することもできませんでした。原因を断定できないまま自然治癒したというわけです。このまま音程が戻らないとどうしよう、と悩んでいた割には拍子抜けするような結果となりましたが、大事に至らなかったのは何よりです。ただ、一度こういうことがあると、またどこかで聴覚が狂ってしまうのではないか、今感じている音程は正しくないのではないのではないか、と疑心暗鬼になってしまいます。
終わりに
この体験を通じて、私たちの感覚がいかに繊細でありながら可塑性を持っているかを実感しました。いっぱしの音楽家として、自分の最も重要な道具である「耳」に異変が生じたときの不安は言葉では表せないものでしたが、同時に人間の脳と身体の不思議さを再認識する機会にもなりました。
もし同じような症状に悩まされている方がいたら、おそらく一時的なものである可能性が高いので、あまり心配しすぎないことをお勧めします。
ただし、症状が長期間続くようであれば、やはり専門医への相談が賢明でしょう。聴覚は私たちの生活の質に大きく関わる大切な感覚なのですから。