前回の【訪問編】では、陽朔西街から電動スクーターで旧県村へ向かい、無事チェックインするまでをお伝えした。
今回は、この美しい清朝官邸の内部を詳しくレポートしていく。
中庭

門をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが広々とした中庭だ。中国の伝統建築では「天井(てんせい)」と呼ばれる、建物に囲まれた中庭空間。ここは単なる通路ではなく、宿の心臓部とも言える場所だ。
石畳が敷かれた中庭には、大小さまざまな鉢植えが配置されている。季節の草花、竹、そして盆栽のような仕立ての植物。手入れが非常に行き届いており、どこか日本の庭園とも共通するような繊細さがある。

植栽にふと目を遣ると、青い蝶が花の蜜を吸いに来ていた。珍しい種類なのか、鮮やかな青色が陽の光に輝いて美しい。思わぬ来客に、店主さんも嬉しそうにスマホカメラをかざしていた。

また建物の背後には、カルスト地形の山々がそびえ立つ。自然と建築が一体となっているような、絶妙なロケーションだ。
客室

建物は中庭を囲むように配置されており、客室は部屋のプランによって1階と2階に分かれている。私が宿泊したのは中庭を望む2階の部屋だった。

面白いのは、部屋専用の木製階段があること。階段を上がると、すぐそこが自分の部屋。廊下を通って他の部屋とつながっているわけではない。この構造も伝統的な官邸建築ならではだろう。

部屋の中は、伝統建築の重厚感と現代的な快適さが見事に融合している。天井の木の梁がそのまま露出しており、150年の歴史を感じさせる。壁は一部がレンガ造り、一部が白壁。床は石材とフローリングを組み合わせたデザインで、素朴ながらも洗練されている。
ベッドは大きく、寝心地は抜群。枕元には中国らしい刺繍の入ったクッションが置かれ、細かな気配りを感じる。

窓から見える中庭の景色。2階から見下ろす中庭は、まるで一幅の絵画のようだった。夜になると、ライトアップされた中庭がまた違った表情を見せる。
客間

1階には、中庭に面する形で、宿泊客が自由に使える接待エリアがある。ここは中国の伝統的な「客庁(客間)」のような空間で、壁には骨董品や装飾品が飾られ、そして何より茶器がずらりと並んでいる。

テーブルには、福建省で見たことがあるような、排水機能付きの茶盤が備えられている。中国南部では広く使われている茶器セットなのかもしれない。
長旅で喉も乾いていたので、お茶をいただきたいと思っていたところ、宿の店主さんがわざわざ桂花茶を持ってきてくれた。

「この辺りでは、紅茶や緑茶に乾燥させたキンモクセイ(桂花)を混ぜて飲むのが『桂花茶』として知られていて、とても素晴らしいんですよ」と教えてくれた。
店主さんが淹れてくれた桂花茶は、甘く優しい香りが立ち上り、一口飲むと疲れが溶けていくようだった。紅茶の深みと桂花の華やかな香りが絶妙に調和している。こういう地域の飲み方を教えてもらえるのも、宿泊の楽しみだ。
この店主さん、とにかくサービス精神旺盛で、こちらが何か困っているとすぐに気づいて助けてくれる。言葉が完璧に通じなくても、彼女の優しさは十分に伝わってきた。
庭園

このエリアの奥に進むと、さらに庭園のような空間が広がっている。
実は、この民宿は写真で見るよりもかなり敷地が広い。前庭、建物、接待エリア、そしてこの奥庭と、奥行きのある構造になっている。奥庭は旧県村の伝統的な古建築様式そのままで、150年の歴史がより色濃く残されている場所だ。

奥庭をぐるりとなぞるようにロの字型の水路がある。石で作られた水路が庭を巡っており、かつてはここで生活用水を流していたのだろうか。あるいは雨水の排水システムだったのかもしれない。いずれにせよ、当時の生活の知恵が今も形として残っている。
壁はレンガ造りで、いかにも中国南部らしいつくり。一部は風化して崩れかけているが、それがかえって歴史の重みを感じさせる。屋根の瓦、木製の窓枠、そして太い梁。どれも150年前の職人の手仕事だ。
前庭が「人を迎える顔」だとすれば、奥庭は「歴史を静かに語る場所」といった雰囲気だ。
日帰り観光客
ゆったりとくつろいでいると、時折日帰りの観光客がツアーで訪れるのが見えた。旧県村はバスツアーのルートに含まれることもあるらしく、この「阳朔官邸」はかなり有名な建物なのだという。

日帰り客も前庭や奥庭を見学できる。しかし、彼らは少しの時間しか立ち寄れない。門をくぐり、中庭を見て、写真を撮って、すぐに次の目的地へ。せいぜい10〜15分程度だ。
対して、宿泊客はこの空間を朝も夜も楽しめる。日帰り客が去った後の静けさ。夜のライトアップ。朝の澄んだ空気。そして、何よりゆっくりと桂花茶を飲みながら、奥庭を散策し、この150年の歴史を感じる時間。

だからこそ、この宿は「泊まる」ことをおすすめしたい。短い見学では味わえない、深い体験がここにはある。
次回予告
次回【周辺散策編】では、旧県村の街歩きと遇龍河沿いの景色、そして電動スクーターで訪れた周辺スポットについてお届けする予定だ。