エメンタールチーズといえば、あのトムとジェリーなどのアニメでもお馴染みの特徴的な穴空きシェイプ。そして、特徴的な甘みのある風味(英語圏ではしばしばNutty = 木の実っぽいと表現されることも)と、どこか懐かしさを感じる味わい。そんなエメンタールチーズに、筆者自身これまで魅了され続けてきました。
そんな中今回、ついに念願だったエメンタールチーズの聖地、スイスのエメンタール地方にある「Emmentaler Schaukäserei(エメンタラー・シャウケーゼライ)」を訪れる機会を得ました。チーズ作りの現場から熟成の過程、そして食べ比べまでを体験してきた様子をご報告します。
エメンタール地方への旅
エメンタール地方は、スイスの首都ベルンから程近い場所に位置する緑豊かな地域です。なだらかな丘陵地帯に広がる牧草地と、点在する伝統的な農家の家々。まさに、スイスの童話に出てきそうな牧歌的な風景が広がっています(もっとも、私が訪れた冬にはすっかり雪景色でしたが)。この地で何世紀にもわたって、伝統的な製法でエメンタールチーズが作られ続けてきました。

Burgdorfという町から、地域のシェアライドサービスMybaxiを利用して工場まで向かいました。運転手さんによると、この地域には多くのチーズ工場があるそうですが、その中でもエメンタラー・シャウケーゼライ(Emmentaler Schaukäserei)は最も歴史のある施設の一つとのこと。
チーズ工場見学:

エメンタラー・シャウケーゼライ(Emmentaler Schaukäserei)のメインビルディングに一歩足を踏み入れると、まず清潔感のある近代的な施設であることに驚かされます。地上階から地下の製造工程を見学できる設計になっており、大きなガラス窓を通して製造現場を一望することができます。
工場内は厳密な温度管理がなされており、チーズ作りに最適な環境が保たれています。製造工程を説明する案内板には、エメンタールチーズの特徴的な「穴」が形成される理由も詳しく解説されていました。これは、チーズの熟成過程で使用される特殊な乳酸菌(プロピオン酸菌)が二酸化炭素を生成することで形成される「プロピオン発酵」によるものだそうです。

この日は残念ながらチーズ製造の時間帯を過ぎていましたが、タイミングが合えば、原料の新鮮な乳が大きなタンクに入れられ、カードが形成され、型に入れられ、最終的にあの特徴的な円盤型のチーズになるまでの工程を見学することができます。製造現場では、伝統的な技法と最新の設備が見事に調和しており、品質管理の徹底ぶりが伝わってきました。
チーズ熟成室:時が育む味わいの神秘

工場から少し離れた小屋の地下に設けられた熟成室の見学は、この旅のハイライトの一つでした。重厚の扉の向こうからは、心なしか芳醇なチーズの香りが漂ってくるよう。室内は完璧な温度と湿度管理がなされており、まさにチーズを育てるのに最適な環境が整えられています。

中を覗くと、巨大な円盤状のエメンタールチーズが、木製の棚に整然と並べられている光景に圧倒されました。それぞれのチーズには、製造日と熟成期間が記録されているとのこと。熟成期間による違いは色合いにもはっきりと表れており、若いチーズは淡い黄色をしているのに対し、熟成が進んだものはより深いオレンジがかった色合いを帯びています。

熟成室の管理を担当するベテランのマイスターが、チーズの管理について情熱を持って説明してくれました。熟成過程では、単にチーズを置いておくだけではなく、毎日表面に出てくる塩分を丁寧に拭き取る作業が必要不可欠とのこと。この作業を怠ると、チーズの表面に不要な細菌が繁殖してしまう可能性があるそうです。

また、チーズは定期的に裏返しも行われ、均一な熟成が促されます。数ヶ月の熟成を経ると、塩分濃度が高まり、より深い味わいが生まれるとのこと。マイスターは「チーズ作りは科学であると同時に芸術でもある」と語ってくれました。確かに、この熟成室で行われている作業は、まさに職人技と言えるでしょう。
8種類の熟成期間の違いを味わう贅沢な食べ比べ

工場見学の後は、併設のチーズレストランへ。ここではチーズフォンデュやチーズを使った様々な料理、スイーツを楽しむことができます。今回はせっかくなので、熟成期間の異なる8種類のエメンタールチーズの食べ比べセットを注文しました。
提供されたのは、4ヶ月から30ヶ月まで熟成期間の異なる8種類のチーズ。それぞれの量も十分で、本格的な味わい比べが楽しめます。

若い順に食べ比べていくと、興味深い発見がありました。スーパーマーケットで一般的に販売されているエメンタールチーズは、最も若い4ヶ月熟成のものに近い味わいでした。フレッシュで親しみやすい味わいは、多くの人に好まれる理由が分かります。
熟成期間が長くなるにつれて、塩味が強くなり、テクスチャーもより乾燥した感じになっていきます。30ヶ月熟成のものは、もはやエメンタールの印象を超えて、グラナパダーノやパルメジャーノ・レッジャーノに近い味わいを感じました。
興味深いのは、16ヶ月熟成のチーズが最も個性的な味わいを持っていたことです。これは恐らく、品種や製法の違いによるものかもしれません。私は若いチーズの爽やかな味わいに魅力を感じましたが、チーズ通の方々は、より長期熟成のものに魅力を感じるかもしれません。

充実した施設で一日中楽しめる
エメンタラー・シャウケーゼライの敷地内には、チーズショップやベーカリー、お土産店など、様々な施設が充実しています。子供向けには、チーズをモチーフにした遊具も設置されており、家族連れでも楽しめます。夏季には牧場も一般開放され、チーズの原料となる牛乳を生み出す乳牛たちと触れ合うこともできるそうです。

まとめ
長年のエメンタールチーズファンとして、今回の訪問は私にとって夢のような体験となりました。製造から熟成、そして味わいまでを直接体験できたことで、これまで何気なく食べていた一枚のチーズの中に込められた職人たちの情熱と技術を深く理解することができました。
特に熟成期間による味わいの変化を実感できたことは、エメンタールチーズへの理解をさらに深める素晴らしい機会となりました。若いチーズの爽やかな味わいから、熟成が進んだものの複雑な風味まで、同じエメンタールでもこれほど多様な表情を持つことに感動を覚えました。
チーズ好きの皆さんも、機会があればぜひエメンタラー・シャウケーゼライを訪れ、本場のエメンタールチーズの魅力に触れてみてください。きっと、新たな発見と感動が待っているはずです。
