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ウズベキスタンでペルシャ新年「ノウルーズ」を味わってきた——ヒヴァの地元民と共に春分の訪れを祝う特別な一日を体験レポート

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ペルシャ新年「ノウルーズ」——中央アジアに春の訪れを告げるこの祭りを、ウズベキスタン・ヒヴァの地元民と共に過ごした一日について綴る。イベント情報すら見つからなかった小さな町で、旅行者向けに用意されたものでも何でもない、ウズベクの人々のありのままのノウルーズの姿に飛び込むことができた。結論から言えば、これが想像をはるかに超える体験になった。

ノウルーズとは何か——ウズベク人にとっての意味

ノウルーズとは、ペルシャ語で「新しい日」を意味する言葉だ。3月21日の春分の日前後に祝われるこの祭りは、イランを起源とし、中央アジア、コーカサス、バルカン半島にまで広がる広大な文化圏で3000年以上にわたって受け継がれてきた。2009年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

ウズベキスタンでは国民の祝日として定められており、春の訪れと新年の始まりを祝う最も重要な年中行事のひとつだ。大切な人々と食卓を囲み、伝統食を作り、踊り、歌う——家族や地域のつながりを確かめ合う日でもある。イスラームの祝祭とはまた異なる、中央アジアの土着の文化が色濃く残る祭りだ。

ウズベク人にとってノウルーズは単なる祝日ではない。長い冬が終わり、大地が再び息を吹き返す瞬間を、共同体全体で喜び合う日だ。だからこそ、この日は家族だけで静かに過ごすのではなく、路地に出て、鍋を火にかけて、見知らぬ人とも分かち合う。

この時期のウズベキスタン旅行——注意したいこと

なお、ノウルーズはウズベキスタン国民にとっても大型連休にあたるため、この時期は国内旅行者で交通機関が一気に混雑する。飛行機はもちろん、特に鉄道は早々に席が埋まってしまうので要注意だ。筆者も直前の予約だったため、希望の便を押さえるのにかなり苦労した。ノウルーズ前後に旅を計画しているなら、移動手段の確保だけは早めに動いておくことを強くすすめる。

イベント情報ゼロ——ヒヴァでのノウルーズは期待薄?

タシュケントやサマルカンド、ブハラといった大きな都市では大々的なイベントが開催されるようだが、この日滞在予定だったヒヴァについては、どれだけ調べてもイベント情報がほとんど見当たらない。

当日チェックインしたホテルでも情報収集を試みたが、返ってきた答えはあまり芳しくないものばかりだった。「今年はイードとノウルーズの日程が近かったから、合同イベントはもう終わっちゃったよ」「今日は特に何もないんじゃないかな」——ヒヴァのような小さな町では、そもそも大々的にノウルーズを祝う風潮がないのだろうか。少し肩透かしを食らった気分で、旧市街イチャンカラの石畳へと足を向けた。

路地裏の大鍋——スマラクとの出会い

メインの通りをひと通り歩いた後、観光客の姿もまばらな、イチャンカラの外れのほうへと足を伸ばした。土壁が続く細い路地に入り込んだところで、ふと漂ってくる香りと、道端に集まる人だかりに足を止めた。

家族経営の小さなレストランの前の道に、子供の背丈ほどもあろうかという巨大な鍋が据えられている。ヘッドスカーフを巻いたおばあちゃんが長い木べらで鍋の中をゆっくりとかき回し、その傍らでおじいさんが地面にしゃがみ込んで薪をくべている。湯気がもうもうと立ち上り、あたりに何とも言えない温かみのある香りが漂っていた。これがスマラクだ。

スマラクとは、発芽させた小麦の若芽を丸一日かけてじっくり煮詰めて作るノウルーズの伝統食だ。砂糖も香辛料も一切使わない。それでいて、長時間の加熱によって小麦のでんぷんが糖化し、自然な甘みが生まれる——いわば小麦そのものが持つ力を引き出した食べ物だ。春の大地が芽吹きをもたらすように、スマラクもまた生命の再生と豊穣を象徴する。ノウルーズの食卓に欠かせない一品であると同時に、その製造工程自体が共同体の絆を確かめる祝祭行為でもある。一人では作れない。家族が、隣人が、交代でかき回し続けることで、はじめて完成する料理だ。

写真を見てもらえれば分かるように、この鍋の大きさは尋常ではない。一人でかき回し続けるのは相当な重労働で、しかもこれを丸一日続けるのだという。家族だけでなく、通りかかった観光客にも木べらが次々とバトンタッチされていく。筆者もその輪に引き込まれ、しばらくかき回す係を担った。回し続けていると肩がじんわりと疲れてくる。ある意味、観光客が面白がって混ぜてくれている間は、おばあちゃんたちの貴重な休憩タイムになっているのかもしれない。

イチャンカラ内を歩き続けると、同じような光景がいくつも目に入ってきた。別のレストランの前の道でも女性たちが二人がかりで長い木べらをかき回しており、また別の場所では屋根付きの中庭で大勢の女性たちが火を囲みながら賑やかにスマラクを作っていた。ホテルで「今日は何もない」と言われたあの言葉は何だったのか——この日ヒヴァのあちこちで、スマラクの鍋が火を囲んでいたのだ。

ノウルーズの食卓——小麦の芽が語るもの

別のカフェで軽食を取っていると、テーブルの上に小さな皿に盛られた小麦の若芽が飾られていた。青々と伸びた新芽は、春の芽吹きと新年の始まりを象徴するノウルーズの定番の飾りだ。スマラクの原料でもあるこの小麦の芽が、こうして食卓に置かれること自体に意味がある。大地から命が芽吹く季節を、食卓の上でも表現しているのだろう。

自然発生するフェスティバル——踊りと音楽の渦

スマラクの鍋だけではなかった。レストランの前では、ウズベクのポップミュージックが爆音で流れ始め、気づけばその場が小さなダンスフロアと化していた。地元の若者たちが踊り出し、観光で遊びに来ていたウズベク人たちも声を揃えて歌い始める。どうやらウズベキスタン国内では誰もが知るような曲らしく、世代を問わず体が自然と動き出す様子だった。シャイな筆者も気づいたら輪の中に引っ張り込まれ、半ば強制的に踊ることになった。

カルタ・ミナルの足元に広がる広場でも人だかりができていた。伝統衣装に身を包んだ奏者がドゥタールやドイラ、アコーディオンを奏で、色とりどりの風船を手にした人々が周囲を取り囲んでいる。演奏に引き寄せられるように集まってきた地元の人々や国内旅行者のウズベク人たちが、自然と体を揺らし踊り始めていた。主催者がいるわけでも、告知があったわけでもない。春の訪れを喜ぶ人々が集まれば、そこに自ずと音楽と踊りが生まれる——そんな空気だった。

その他にも、子供の唱歌隊が街角で合唱をしていたりと、自然発生的な祝祭ムードに満ちていた

夜更けの再訪——スマラクの味見と大家族との夜

360度カメラと長尺自撮り棒を使って面白い構図の写真や動画を撮影していたのだが、それをレストランの青年に見せたところ大いに喜んでくれた。すっかり意気投合し、「スマラクを食べてみたくないか?夜に出来上がるから遊びに来なよ」と声をかけてもらった。

なお、この日スマラクは観光客向けには提供されていなかった。丸一日かけて作るものであり、完成するのは深夜——それをこうして味見させてもらえたのは、昼間の交流があってこそだった。

深夜0時前ごろに再び店の前を訪ねてみると、おじさんおばさんがまだ根気強く鍋をかき続けている。LEDのイルミネーションが青白く輝く夜空の下、若者たちがその周りで笑いながら談笑し、大きなスピーカーから音楽が流れていた。昼間より粘度が増し、色も濃くなった鍋の中身は、完成が近いことを物語っていた。

いつ完成するのかと聞くと、「もうすぐできるけど、熱いから朝まで冷ますんだよ」とのこと。それでも少し味見をさせてくれた。

口に含むと、深みのある素朴な甘さが広がった。デーツシュガーのような風味だと感想を伝えると、その家族の娘さんが教えてくれた。「これ、砂糖は一切使っていないんだよ。小麦粉だけで作っているの。すごくない?」——あの甘さは小麦粉そのものが持つ自然の甘みだったのだ。実際に食べてみると、その不思議さが一層増して感じられる。

めでたい夜だからか、深夜1時になっても一家は誰も眠ろうとしない。筆者も一家の若者たちと夜な夜な語り合い、気づけば深夜になっていた。若者たちがもう一度踊ろうと盛り上がりかけたところで、お母さんが「近所迷惑だからダメ!」と笑いながら制止した。その光景がどこかおかしくて、思わず笑った。

まとめ

結果的に筆者は、作られたイベントよりもずっと豊かなノウルーズを体験できたと思っている。

大きな都市の公式イベントに参加すれば、それはそれで壮観な光景が見られるだろう。しかし路地裏の道端で薪をくべながら鍋をかき回す一家の姿や、広場で自然発生的に生まれた音楽と踊りの輪、そして深夜に特別に味見させてもらったスマラクの素朴な甘さ——こういったものは、観光客向けに整えられた場所では絶対に出会えないものだ。

ノウルーズの時期にウズベキスタンを旅するなら、あえて小さな町を選んでみるのも悪くない。イベント情報がなくても、祝祭はそこかしこに息づいている。