南竿観光のハイライトとして必ずと言っていいほど名前が挙がるのが、この北海坑道だ。山の中に掘られた地下水路に実際に入れる、というのがどういうことなのか、行く前はいまひとつイメージが湧かなかった。実際に歩いてみると、そのスケールに単純に驚いたので、そのレポートをお届けする。
北海坑道とは

1968年(民国57年)、国軍は馬祖列島の防衛強化のため、南竿・北竿・東引・莒光の各島に地下坑道を建設する「北海計画」を実施した。なかでも南竿の北海坑道は規模が最大で、花崗岩の山腹を「井」の字型に掘り抜いた水路が坑道の全長640メートル、歩道を含めた総延長は734メートルに及ぶ。

坑道内の水路は高さ18メートル、幅10メートル。満潮時の水深は8メートル、干潮時でも4メートルある。もともとはこの水路に120艘以上の遊撃艇を収容・隠蔽するための軍事施設として建設されたものだ。工事は昼夜三交代制で820日以上かけて完成した。ダイナマイト以外はほぼ人力で、スコップや鍬で花崗岩を削り続け、多くの兵士が命を落としたと伝えられている。
現在は両岸情勢の緩和に伴い軍事利用が廃止され、観光スポットとして一般公開されているが、ひとつ注意が必要だ。
坑道内の水路は海と繋がっており、公開時間が潮汐によって変動する。満潮時には水位が上がって立入できなくなるほか、天候や海況が悪い日も閉鎖される。つまり、行けるかどうかは当日の運次第という部分がある。訪問前に公式サイトまたは南竿ビジターセンター(0836-25630)に確認するか、宿のスタッフに聞いておくのが無難だ。
坑道入口へ

入口へ向かう道は、海岸線に沿った遊歩道になっている。波が岩場に打ち寄せる音が続く馬祖らしい風景の中を歩いて入口に近づくと、周囲の雰囲気が少し変わる。岩盤が目の前に迫り、そこに掘られた坑道の入口が現れる。

入口周辺は小さな広場になっており、緑に塗られた大砲のモニュメントや、岩の上で銃を構える兵士の像が置かれている。その足元の碑には「北海」の文字。軍港跡の重みを演出しているのだろうが、芝生にはカモメのオブジェが何羽も並んでいて、妙にのどかな雰囲気も漂っている。観光地としての馬祖と、軍事遺産としての馬祖が、ここでも並走している。

受付は山側の入口を入ってすぐのところにある。洞窟のような空間の中に簡素なカウンターが置かれており、スタッフが2人いた。

壁には藍眼涙ツアーの案内や注意事項が貼り出されている。坑道内に入る前の広間には、当時の様子を再現したジオラマ展示もある。兵士たちがゴムボートを頭上に掲げて坑道内を移動する場面を模したもので、当時の過酷さを伝えようとしているのだろうか。

入場は無料。ただしボートツアーは別料金で、受付カウンターに案内が貼り出されていた。
坑道内を歩く

内部に一歩入ると、空気がひんやりと変わる。外の明るさが一気に遠ざかり、岩盤を剥き出しにしたアーチ状の天井が頭上に広がる。照明は設置されているが決して明るくはなく、目が慣れるまで少し時間がかかる。
遊歩道は水路に沿って設けられており、柵越しに水面を見下ろしながら歩く形になっている。しばらく進むと、頭上の岩盤からポタポタと水が滴り落ちてくる箇所がある。ぽたん、ぽたん、と一定のリズムで落ちる音が岩壁に反響して、静けさの中でやけに耳に残る。足元が濡れているところもあるので、滑りにくい靴で来た方が良かったと少し後悔する。

水路の水は一見、透き通って底まで見えているように見える。しかしよく考えると、これは水が透明なのではなく、水面があまりにも静かなために鏡面反射しているだけだと分かる。実際のところ水はかなり汚そうで、底が見えているように思えるのは岩肌が水面に映り込んでいるせいだった。訪れたタイミングでは坑道の出入口が水門のように閉ざされており、海水の流入がない状態だった。そのため水の動きがまったくなく、閉じた空間の中で水が長期間停滞しているのだろう。照明の光を受けた岩肌が水面に静かに映り込み、その美しさの裏側に、少しよどんだ空気がある。

それでも光の反射の美しさは本物で、坑道の奥に向かうほど光量が落ち、水面に揺れる光の粒だけが頼りになっていく。写真で見たことはあったが、実際に中に入って見上げると、スケール感がまるで違う。高さ18メートルというのは、6階建てのビルに相当する。その空間が花崗岩の山の中に丸ごと存在しているのだから、改めて工事の規模の異常さを実感する。

坑道内には黄色い木造ボートが何艘も係留されており、観光用のボート遊覧も行われていた。実際に数人の観光客が乗り込んで、スタッフが手漕ぎで坑道の奥へと進んでいく様子が見えた。

低い水面から見上げる岩盤の天井はまた違う迫力があるだろうと思いながら、岸から眺めていた。カヤックも並んでいたが、自力で漕いで坑道内を探索することもできるのだろうか。

ひとつ妙に印象に残ったのが、水路の片隅に係留された古いゴムボートだ。空気が抜けて半分沈みかけており、かろうじて水面に浮かんでいる状態だった。かつて軍で実際に使われていたものだろうか。展示として置かれているのか、単に放置されているのかも判然とせず、その曖昧さが妙にリアルだった。

坑道の途中には岩盤の割れ目から自然光が差し込む箇所があり、暗い坑道のなかでそこだけが白く明るく照らされていた。見上げると、はるか上に空の光が小さく見える。坑道の奥まで進むと、海側の出口から外光が差し込んでくる。水門の向こうに海が広がり、光が静止した水面に反射して揺れる。軍事施設としての過去を一瞬忘れさせるような、静かで不思議な光景だった。
一周約30分。歩くだけなら入場料もかからず、体力的にも気軽に立ち寄れる。
海側の外観

坑道の外に出て海岸沿いを歩くと景色が一変する。岩場に波が打ち寄せ、飛沫が遊歩道まで届くこともある。柵越しに下を見ると、岩盤の基部が波に削られ続けているのがわかる。
岩盤にはアーチ形の出入口が2つ、海に向かって口を開けている。コンクリートで縁取りされた穴で、坑道の出入口にあたる部分だ。内部があれだけの規模だとは、外から見るとまったくわからない。海からここへ艇を滑り込ませていた様子を想像すると、作戦としての合理性と、それを実現した工事の無謀さが同時に頭をよぎる。

かたや、反対側に目をやると波しぶきを浴びる黒々とした浜が広がっている。先ほどの坑道内の静寂とは打って変わって、強烈な波しぶきが、南岸特有のグレー色のビーチと、ごつごつとした岩石が並ぶ磯を打ち付けている。浜に立ってその波の様子をしばらく眺めていると、心なしか坑道内だけ時間の流れが少し違う気がした。
夜間の藍眼涙ツアーについて
ところで、北海坑道は夜間に「藍眼涙(ブルーティアーズ)」と呼ばれる海の発光現象を坑道内のボートから鑑賞するツアーが人気だ。プランクトンが発する青い光が坑道内の水面に広がる幻想的な体験で、馬祖を代表するアクティビティのひとつとなっている。ただし藍眼涙の発生は自然現象のため、時期や条件によって見られないこともある。今回の訪問は1月で、残念ながら発生シーズン外だった。
隣接する大漢據點とセットで

北海坑道と隣り合って位置するのが大漢據點だ。こちらも軍事遺構で、海に面した岩盤に掘られた砲台や監視施設が残っている。北海坑道が「水の軍港」だとすれば、大漢據點は「陸の砲台」という感じで、両者を合わせて回ることで、かつての馬祖防衛網の一端がより立体的に見えてくる。距離も近く、徒歩でそのまま移動できる。どちらか一方だけでなく、セットで訪れることをおすすめしたい。詳しくは次回記事で紹介する予定だ。
まとめ
北海坑道は、馬祖に来たなら外せないスポットのひとつだ。
ただし「行けるかどうかわからない」という不確定要素が常につきまとう。潮汐次第で閉まるし、天候次第でも閉まる。台馬之星が欠航するような荒れた日には、まず無理だと思っておいた方がいい。南竿滞在中に余裕を持ったスケジュールを組んでおき、開いていたら迷わず行く、というくらいの気持ちで臨むのがちょうどいい。
馬祖を訪れた際には、是非とも観覧を検討してみていただきたい。