前回は東茅街茶館で長沙の市井文化に触れた。
今回訪れるのは、長沙のレトロブームを牽引してきた存在とも言える「文和友」だ。2011年の創業以来、90年代の長沙を再現した空間づくりで全国的な話題を集め、今や長沙観光の定番スポットとなっている。
夜9時過ぎ、長沙の友人と共に海信広場へと向かった。
文和友とは――全国展開する長沙発レトロザリガニレストラン

文和友長沙本店は長沙市天心区湘江中路36号の海信広場に隣接する、6階建ての巨大飲食施設だ。2011年に小龍虾(ザリガニ)専門店として創業し、その後90年代の長沙の街並みを再現したコンセプトで大きく拡張した。
現在では深圳、広州などにも出店しているが、長沙が本店で、規模や人気度も桁違いに大きい。館内は90年代の長沙の路地、商店、住宅を精巧に復元している。基本的には一つのザリガニ料理専門店だが、館内にはドリンクスタンドやスイーツ店、土産物店、写真スタジオなども点在している。
営業時間は11:00から翌朝3:00まで。入場は無料だが、混雑時には整理券が配布される。抖音や小紅書での関連話題の累計露出は60億回を超え、ピーク時には1日の整理券が16000番を超えたという記録もある。
アクセスは地下鉄1号線黄興広場駅2号出口、または2号線湘江中路駅2A出口から徒歩約800メートル。
夜9時、整理券を受け取る

12月上旬の夜9時過ぎ、海信広場に到着した。文和友の入口には整理券を配布するカウンターがあり、スタッフが立っている。
待ち時間を尋ねると、幸いにも今なら待ち時間なしですぐ入れるとのこと。整理券を受け取り、そのまま入場できた。ピーク時には何時間も待つこともあるというから、タイミングが良かった。
入場直後の圧倒――屋内とは思えない空間
エントランスを抜けた瞬間、その光景に言葉を失った。

ここは本当に建物の中なのか。目の前に広がっていたのは、まるで屋外の街のような空間だった。吹き抜けを生かした立体構造で、上下左右に建物が配置されている。古びた煉瓦の壁、錆びたネオンサイン、ひしめく看板、狭い路地――全てが驚くほど精巧に作り込まれている。
友人が説明してくれた。これが30年前の長沙の姿だという。
30年前――1990年代。日本人の感覚では「つい最近」のような印象だが、中国における30年という時間の重みは全く違う。この30年で中国の都市は劇的に変貌を遂げた。90年代の長沙と現在の長沙は、まるで別の都市だ。
友人によれば、90年代は彼らにとって特別な時代らしい。改革開放の果実が実り始め、でもまだ人と人との距離が近かった。ある種の黄金期だったのだと。
確かに、この空間が再現しようとしているのは、単なる古い街並みではなく、一つの時代の空気感なのだと理解した。
永远街――立体的に広がるレトロな街

メインの通路は「永远街」(永遠の街)と名付けられている。足を踏み入れると、視界いっぱいに90年代の街並みが広がった。
通路の両側には、理髪店、洋服店、雑貨屋、食堂が立ち並ぶ。看板には「红星理发店」「友谊商店」「百货商场」といった文字が掲げられている。それぞれの店舗が実際に営業しているように見えるが、よく見るとほとんどがダミーだ。ショーウィンドウには当時の商品が並べられているが、中には入れない。装飾として精巧に作られた空間なのだ。
ただし、所々に本物の飲食店やドリンクスタンドが混ざっている。どれが本物でどれがダミーなのか、一見しただけではわからないほど自然に配置されている。

吹き抜けを見上げると、上層階にも建物が連なっている。2階、3階、4階と、それぞれの階に別の街並みが存在している。バルコニーには洗濯物が干され、窓からは暖色の光が漏れている。まるで本当に人が住んでいるかのような演出だ。
赤、黄色、緑――様々な色のネオンが交錯し、独特の雰囲気を作り出している。時刻は夜9時過ぎ。この時間帯だからこそ、ネオンの光が映える。

通路を歩く人々の姿も多様だ。カップルが写真を撮り合い、家族連れが子どもの手を引いて歩き、若者グループが大笑いしながら奥へと進んでいく。平日の夜だというのに、かなりの人出だ。
路地の奥行きと細部へのこだわり

メイン通路から脇道に入ってみる。狭い路地が迷路のように続いている。両側の壁には当時の宣伝ポスターや政治スローガンが貼られている。
路地の突き当たりには階段があり、上層階へと続いている。階段の壁にもポスターが貼られ、手すりは錆びた鉄製だ。実際に上ってみると、2階にも別の路地空間が広がっていた。

ところどころ、雰囲気がガラリと変わるエリアがあった。例えば古い木造の民家を表現した空間だ。

円卓とを囲む素朴な室内。90年代の長沙の一般家庭の居住空間を再現しているという。
ここは比較的静かで、落ち着いた雰囲気だった。いくつかのテーブルが配置され、実際に食事ができるようになっている。
壁には当時の家庭でよく見られた物が掛けられている。カレンダー、時計、箪笥――どれも年代物だ。本物なのか、それとも当時のものを模したレプリカなのか、判別がつかない。
さらに奥へ進むと、公衆浴場をテーマにした一角があった。タイル張りの壁、古いシャワーヘッド、脱衣所のロッカー――当時の公衆浴場の雰囲気が再現されている。

もちろん実際に入浴できるわけではない。これも装飾の一部だ。ただ、このような生活空間まで再現しているのが面白い。当時の人々の日常生活を多角的に表現しようとする意図が感じられる。

フードコートのような、一つの店のような
館内を歩いていると、まるで複数の飲食店がひしめき合うフードコートのように見える。しかし友人の説明によれば、基本的には一つのザリガニ料理店なのだという。
確かに、メニューを見ると小龍虾料理が中心だ。口味虾(スパイシーザリガニ)、蒜蓉虾(ガーリックザリガニ)、冰镇虾(冷製ザリガニ)など、様々な調理法のザリガニ料理を提供する。その他、臭豆腐や糖油粑粑などの長沙名物も提供されており、一見屋台のように見えるお店たちは、そういったサイドメニューを提供するキッチンとしての役割を担っている。

ただし、所々に独立したドリンクスタンドやスイーツ店、土産物店もある。写真スタジオでは、レトロな衣装を着て記念撮影ができるようだ。

あるコーナーには土産物が並んでいる。レトロなパッケージの茶葉、当時のデザインを模した雑貨など、観光客向けの商品が豊富だ。
座席へ――長沙名物を堪能

さて、そろそろ食事を注文しよう。4階の座席エリアは、比較的広々としたテーブルが配置されている。
やはり看板は口味虾(ザリガニ)だ。218元。その他、様々なサイドメニューが並んでいる。友人と相談しながら、口味虾に加えて、臭豆腐、东瓜山香肠(東瓜山ソーセージ)、葱油粑粑、糖油坨坨を注文した。

待つこと約20分、料理が次々と運ばれてきた。テーブルいっぱいに並ぶ長沙の味覚に、期待が高まる。
まず目を引いたのは、大きな鍋に入った口味虾だ。真っ赤なスープの中に、大ぶりのザリガニがゴロゴロと入っている。唐辛子と花椒、ニンニクがたっぷりと効いたスープからは、湯気とともに食欲をそそる香りが立ち上る。
殻を剥いて一口食べる。ピリッとした辛さの中に、ザリガニの甘みが感じられる。身はプリプリとしていて、新鮮さが伝わってくる。小ぶりなザリガニは可食部が少なくなりがちだが、ここのザリガニはしっかりと身が楽しめて、ハサミにも肉が詰まっている。花椒の痺れる感覚が後から追いかけてくる。これが長沙の味だ。スープも濃厚で、旨味が凝縮されている。218元という価格も納得の質と量だ。

なお、さすがは中国一辛いと評判の湖南料理。ザリガニの皮をむく際に、スープが口や鼻の周りについてしまったのだが、これがとにかくヒリヒリして堪らない。結果、数日は尾を引くことになったので、食べる際には十分気を付けていただきたい。
臭豆腐は、東茅街茶館で食べたものとは明らかに違う調理法だった。黒い器に盛られ、パクチーと唐辛子がたっぷりとトッピングされている。一口食べると、外はカリッと、中はトロッとした食感。友人が言っていた通り、店によって味が全く違う。文和友の臭豆腐は、よりスパイシーで刺激的な味わいだ。
糖油坨坨は、黄金色に輝く丸い揚げ菓子だ。一口かじると、外側はカリッと、中はモチモチとした食感。砂糖の甘さが口の中に広がり、辛いザリガニや臭豆腐の後のデザートとして完璧だ。

テーブルには、レトロな花柄の琺瑯皿や、当時のデザインを模した調味料入れが置かれている。こうした細部へのこだわりが、食事中も90年代の雰囲気を途切れさせない。
どこを切り取っても絵になる空間

食事を終え、再び館内を散策することにした。
上層階へ上がってみた。階段を上がるたびに、また別の景色が広がる。
ある階には、ネオンサインが特に密集したエリアがあった。赤、青、緑、黄色――様々な色の光が交錯し、まるでネオンの海の中を泳いでいるような感覚になる。
「长沙」という大きな文字のネオンサイン、多くの人がその前で記念撮影をしている。別の階には、ゲームセンターを模したコーナーがあった。古いアーケードゲーム機が並び、実際にプレイできるようになっている。若者たちが楽しそうにゲームに興じていた。

歩きながら気づいたのは、本当にどこを切り取っても絵になるということだ。メイン通路のダイナミックな立体構造、狭い路地の奥行き感、ネオンサインの光と影、古民家の静謐な雰囲気――それぞれが計算されて配置されている。
約1時間ほど館内を散策し、外に出た。友人によれば、週末や祝日のピークタイムはもっと混むという。整理券が数千番まで行くこともあるらしい。平日の夜遅めに訪れたのは正解だったようだ。
まとめ:30年という時間の重み

文和友を訪れて強く感じたのは、中国における「30年」という時間の重さだ。
日本人の感覚では、1990年代はつい最近のことだ。しかし中国では、この30年で都市の景観も、人々の生活様式も、社会システムも、全てが根本から変わってしまった。だからこそ、わずか30年前の街並みを「復元」する価値があるのだ。
文和友は、過去をエンターテイメントとして昇華させている。精巧に再現された90年代の街並み、計算された照明演出、SNS映え前提の空間設計――観光施設としての完成度は極めて高い。
ただ、そこにあるのは単なるノスタルジービジネスではない。急速な変化の中で失われた「何か」を、現代の形で保存しようとする試みでもある。
長沙を訪れる際は、ぜひ文和友を体験してほしい。そして、単なるSNS映え空間として消費するだけでなく、食事を通じて30年前の長沙の街の姿に思いを馳せ、当時の中国経済のダイナミズムを追体験するきっかけとして活用していただきたい。
文和友(海信広場店)
- 住所:長沙市天心区湘江中路36号海信広場
- 営業時間:11:00-翌3:00
- アクセス:地下鉄1号線黄興広場駅2号出口、または2号線湘江中路駅2A出口から徒歩800m
- 予算:1人50-100元程度(食事をする場合)
- 推奨滞在時間:1-2時間
- おすすめ:口味虾(ザリガニ)、臭豆腐、糖油粑粑
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