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今はなきLCC「バニラエア」のラストフライト搭乗体験を今さら振り返る——ANA傘下の格安航空会社が魅せた涙の成田台北便

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2025年3月末、AirJapanが運航を終了する。

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ANAグループの中距離LCCとして2022年に就航し、近距離路線を開拓してきた同社だが、わずか数年で幕を閉じることになった。正直経営戦略上の課題は薄々と見えていたものの、旅好きとして、こういうニュースはいつも少し胸が痛い。

そしてこの話題を見たとき、ふと思い出したことがある。

同じくANAグループのLCCで、同じように終わりを迎えた航空会社のことを。

バニラエアだ。

2019年10月26日。私はその日、バニラエアのラストフライトに乗っていた。成田から台北へ向かうJW103便。169名の乗客を乗せた、あの航空会社にとって最後の成田発フライト。

数年越しのタイムカプセルとして、ドラマに満ち溢れていたあの日の記録をここに残しておきたいと思う。

そもそもバニラエアとは何だったのか

バニラエアを知らない方のために、少し背景を説明しておこう。

Vanilla air

バニラエアは、ANAホールディングスが出資するLCC(格安航空会社)として、前身「エアアジア・ジャパン」から商号変更し、2013年12月20日に運航を開始した。成田空港を主な拠点とし、国内線(沖縄・奄美大島など)と国際線(台北・香港・ホーチミン・ソウルなど)を展開。「Creating New Sky Experience(新しい空の体験を創る)」というスローガンを掲げ、白と黄色の鮮やかなカラーリングが印象的な航空会社だった。

名前の由来は、もちろん「バニラ」。シンプルで親しみやすく、どんなものにも合う——そういったイメージをブランドに込めていたのだろう。機内販売には「バニラソフトクリーム」があり、これが乗客に人気だった(このソフトクリームがラストフライトで大きな役割を果たすことになるのだが、それは後で)。

約5年10ヶ月の運航期間中に、のべ約1130万人(国内線約630万人、国際線約500万人)、約7万5000便を運航。決して大きな航空会社ではなかったが、LCCとして日本と台湾・東南アジアを安くつなぐ役割を着実に果たしてきた。

終焉の理由は「廃業」ではなく「統合」だ。同じANAグループのLCCであるピーチ・アビエーションと経営統合することが決まり、路線の移管を進めながら、最終的に2019年10月26日をもって全運航を終了。翌10月27日からは、バニラエアが担っていた路線はピーチ便として引き継がれることになった。

消えたというより、ピーチの中に溶け込んでいったのだ。

普段と明らかに異なるチェックインカウンター

2019年10月26日。成田空港第3ターミナルに足を踏み入れた瞬間、空気が違うとわかった。

第3ターミナルは、もともとLCC専用として2015年に開業したターミナルだ。剥き出しの天井、コンクリートの床、案内掲示板のシンプルな作り——「余計なものはいらない、安く飛べればいい」という哲学を体現したような造りで、私は個人的に嫌いではない。でもその日の第3ターミナルは、明らかにいつもとは違っていた。

青いTシャツを着たスタッフの数が、異様に多い。

バニラエアのスタッフユニフォームは青と黄色。普段のチェックインカウンター周辺にいるスタッフの数とは、明らかに桁が違う。通常業務でここまでの人員が集まることはない。特別な日だということが、カウンターに近づく前から伝わってくる。

そしてモニターを見上げると、いつもならフライト情報が表示されているところに、こう書かれていた。

「LAST FLIGHT ありがとう THANK YOU 謝謝! 2019 OCT 26」

黄色と青のバニラエアカラーで彩られたその画面を見た瞬間、「ああ、本当に今日で終わりなんだ」と実感が湧いた。

チェックインカウンターのパーティションには、乗客がメッセージを書き込めるスペースが設けられていた。すでにびっしりと言葉が詰まっている。日本語、中国語、英語——バニラエアが就航してきた街の数だけ、言語が入り混じっている。

目に飛び込んできたのは、「香草航空、謝謝!」という中国語のメッセージだった。「香草(シャンツァオ)」はバニラの中国語訳で、「香草航空」がバニラエアの台湾における呼び名だ。台湾から日本に旅行に来た人が書いたのだろう。

成田〜台北線はバニラエアにとって最後まで残った看板路線のひとつだった。日本語も英語もなく、ただ「謝謝」と書かれたシンプルなメッセージが、それを雄弁に物語っていた。

私も早々にチェックインを済ませてから、ペンを借りてメッセージを書かせてもらった。

ゲートへ向かう「大移動」

しばらくして、ゲートへ向かおうとしたとき、気づいた。

乗客と一緒に、青いTシャツの集団が同じ方向へ歩き始めていた。

一人、二人ではない。数十人規模のスタッフが、搭乗客に混じって第3ターミナルの通路を進んでいく。その様子は、ちょっとした行列どころではなかった。ゲートに向かうバニラエアの青が、ひとつの流れとなって廊下を埋め尽くしていく。

関係のない搭乗客たちが立ち止まってスマホを向けている。特に告知していなくても、ただ事ではない雰囲気は、バニラエアを知らない人にも十分伝わっていたようだった。

搭乗ゲート154に到着すると、バニラエアのロゴが入ったバナーが設置され、小さなステージのようなものが組まれていた。スピーチが始まるのだろうか。右手には報道各社のカメラクルーが最前列に陣取っている。

私はこのとき、まだ旅行ライターでも何でもない、ただの一介のバックパッカーだった。でも早めに到着していたおかげで、取材陣のすぐ近く——かなり前方のポジションをキープすることができた。後からこの体験をブログに書こうなどとは微塵も思っていなかったが、今思えばこれが正解だった。

社長の挨拶と、涙ぐむクルー

しばらくして、バニラエアの井上慎一社長がマイクの前に立った。

バニラエアのこれまでの歩みが語られた。2013年の就航から約5年10ヶ月。のべ1130万人の乗客、7万5000便の運航。数字だけ聞けばシンプルなデータだが、その一便一便に乗った人がいて、その一人ひとりに旅の理由があったのだと思うと、やたらと重くなってくる。

そして記憶が定かではないのだが——確かこのとき、社長が堪能な中国語で、台湾のお客様に向けて挨拶を述べたことを覚えている。会場がどよめいた。日本の航空会社の社長が、中国語でスピーチをするとは思っていなかったのだろう。会場には、大きな拍手が起きた。

バニラエアにとって、台北線は最後まで残した看板路線だった。そのお客様に、自分たちの言葉で感謝を伝えようとした——そのひと手間に、この会社の温かさが滲み出ていた気がして、じんとした。

続いて、パイロット、客室乗務員が壇上に立ち、それぞれの言葉でバニラエアへの思いを語った。ピーチに統合されるとはいえ、バニラエアの一員として歩んできたストーリーに一旦の終止符が打たれる。新しい形への期待がある一方で、やはりこれまでを惜しむ気持ちも大きいだろう。それはマイクを握る彼らの表情を見ているだけで伝わってきた。

そして乗務員さんのスピーチの途中、感極まって涙をこらえるあまり、声が詰まってしまった。

一瞬、ゲート全体が静まり返った。

そのとき——

「加油!加油!(がんばれ)」

台湾のおばちゃんの声が、朗らかに空間に響き渡った。

ゲートがふっとにこやかな空気に包まれた。CAさんも苦笑いしながら、なんとかスピーチを続けた。個人的には、あの瞬間が、あの日一番好きな場面だったかもしれない。台湾のおばちゃんのお陰で、その場の全員の心が繋がったような感覚になった。

バニラアイスで乾杯

スピーチが終わると、サプライズが待っていた。

乗客全員にバニラのソフトクリームが配られたのだ。

「最後はバニラアイスで乾杯しましょう!」

社長の音頭で、乗客とスタッフ全員がそれぞれのソフトクリームをぶつけ合った。ゲートいっぱいに広がる、ちょっとシュールで、でも最高にあたたかいその光景。私も、パイロットさんと渾身の乾杯をさせていただいた。

実はこのソフトクリームの乾杯、バニラエアの運航開始時にも行われたのだという。始まりと終わりをバニラアイスで繋ぐ——こんなに粋な締め方があるだろうか。

ちなみに、知覚過敏の自分にとって、冷たいソフトクリームをそそくさと食べながら搭乗手続きに備えるのは、地味につらかった。アイスはなかなか減らないし、歯はしみるし、でも急がなきゃいけない。これはこれで、いい思い出だ。

搭乗開始——いきなりプロモードに切り替わるスタッフさん

「では搭乗を開始いたします」

その一声で、さっきまで涙目だったスタッフさんたちが瞬時にテキパキとした業務モードに切り替わった。

このギャップが面白くて、思わず笑った。プロだなと思った。どんなに感傷的な場面であっても、飛行機は定刻に飛ばなければならない。感情と業務を切り離すその切り替えの早さが、長年フライトを支えてきた人たちの矜持のように見えた。

搭乗はボーディングブリッジではなく、一旦エプロン(滑走路側)に降りてタラップから機体に乗り込む形式。そしてそのタラップの両脇に、バニラエアのスタッフさんたちが並んで人のアーチを作っていた。

青いTシャツを着た数十人が両手を高く掲げ、その下を一人ひとりの乗客がくぐり抜けていく。頭上に無数の手が重なって、黄色いカーペットの上を歩いていく——その規模の大きさと、熱量に、思わず立ち止まりそうになった。

別のゲートで自分の便を待っていた乗客たちも、ぞろぞろと覗きにきた。今日がラストフライトだと知らなかった人は、さぞかし驚いただろうな。

機内でもサプライズ

シートに着くと、前の座席の背面にステッカーが貼られていた。

「10/26 LAST FLIGHT! THANK YOU FOR FLYING WITH VANILLA AIR!」

手書きのメッセージが添えられていた。「これからはPeachと一緒に、素敵な旅の思い出をぜひ、作って下さい!」

スタッフさん達が169席分、一枚一枚手書きで書いたのだろう。メッセージはどれも少しずつ内容が違っていた。そんな細かいところに、この会社の丁寧さが詰まっていた。

機内を見渡す。スマホを構えて機内の様子を記録している人、窓の外を静かに眺めている人、隣の見知らぬ人と早くも話し込んでいる人。普段は一目散に昼寝をしがちなLCCの機内なのに、この日ばかりはなんだかしっとりとした空気が漂っていた。169人全員が、今日という日を特別なものとして噛み締めているのが伝わってきた。

そして、機内食としてコーヒーとバニラクリーム入りのパンが配られた。LCCなので通常は有料か、そもそもそういったサービスはないのだが、今日だけは特別。バニラエアのくまのキャラクターが描かれたかわいらしいトレイシートの上に乗って出てきたそのパンには、バニラエアのロゴが刻印されていた。

このパンも、有料サービスとしてこれまで提供されてきたものだったのだろうか。そう言えば、バニラエアの機内でついぞ有料オプションに課金することがなかったな。最後になって、その事が少し悔やまれた。

さらに、全乗客にラストフライト証明書とオリジナルタオルも配られた。証明書にはこの日のフライト詳細が書かれていた。

日付:2019年10月26日  

便名:JW103  

区間:東京(成田)⇒台北(桃園)  

型式:A320-214  

登録記号:JA12VA  

バニラエアのラストフライトに搭乗したことを証します。  

代表取締役社長 井上慎一

その後、約4時間弱のフライトを終えて、桃園国際空港に到着した。

タラップを降りながら振り返ると、白と黄色のA320が静かに駐機していた。翌日からこの機体はピーチの機体として生まれ変わる。

乗客はそれぞれ自分の旅の続きへ向かって、歩いていった。我々旅人と同様に、バニラエアもここから新しい旅へと出掛けるのだった。

記憶のタイムカプセルを開けて、今思うこと

あれから数年が経った。

バニラエアはピーチに統合され、今では「Peach」の名前で成田〜台北線を含む多くの路線を飛んでいる。私もピーチにはしょっちゅうお世話になっている。安いし、路線網も広いし、サービスも問題ない。

でも、あのバニラエアならではの茶目っ気は、今でも忘れられない。

小さな航空会社だったけれど、その規模だからこそできた温かさがあったように思う。

そしてAirJapanが幕を閉じようとしている今、もし同じようなラストフライトの催しがあるなら——ぜひ乗ってみてほしい。何年経っても覚えていられる体験になると、私は自分の経験から断言できる。

本当に今さらではあるが、バニラエアよ、ありがとう。